感情論 | ナノ



02.らぶ、ゲーム。




犬飼が出て行った保健室。

俺と神田だけが残された。



ふぅ、と大きく息をつき、
目の前にいる神田を見据える。


生徒の間違いを正すのが教師の仕事…。



 


「神田」

「なんですか?」


「お前もお前だ。付き合ってるならまだしも、
 そうじゃない相手とあんなことしてんな」

「だから…そんなの人の勝手だって言いましたよね?」

「おまっ!!!恋愛は遊びじゃないんだぞっ!!」

「先生、何か勘違いしてない?
 ってか、遊びじゃないって、本気で言ってるんですか?」

「真剣に互いを想い合うから、成立するもんだ!」
 

俺の言葉に、思いっきり顔をしかめる。



「互いを想いあう?そんなのただの虚実です」

「そんなことねぇよ。まだ、お前が知らないだけだ」



じゃぁ、と言った神田の瞳が一瞬だけ翳る。

「先生は知っているんですか?」

「あぁ、当たり前だ」



「……じゃぁ、センセイ。ゲーム、しません?
 教えてくださいよ。恋愛が嘘じゃないって。」

神田は笑った。


笑ったんだ。

しかもそれはひどく淋しい微笑み。

なにが、お前をそんな顔にさせるんだ。



「ゲ…ゲーム……?」

「そうです。……ゲーム。

 私が先生を落とせたら私の勝ち。
 落ちなかったら陽日先生の勝ち。
 
 ね、簡単でしょう?」

神田から提案されたそれは
教師と生徒ではあってはいけなく、
俺の信条をはるか越えたところにあるものだった。

「はぁ!!?なに言って……。
 お前は俺の"生徒"なんだぞ!」


「"先生"と"生徒"だからダメ?
 じゃぁそこに、もし本当の愛情があったら?
 それでもだめ?」

「…っっ」

問いに答えを澱ませる俺に対し、
神田の目がいっそう冷たく笑う。



「ほら、所詮そんなもんじゃない。
 この程度の質問で言いよどんじゃう。
 
 建前だけの感情論で全部を量ろうなんて、
 そんなのお門違いじゃありません?」

笑わせないで、と言った神田は
もう、俺の知っている神田じゃなくて。

俺は押し黙ることしかできなくなってた。



「先生?恋愛なんて所詮そんなもんなんですよ。
 本当の愛ってやつがそこにあったって、
 ダメなものはダメ、でしょ?
 逆に、先生と生徒でも、友達でも…家族でも、
 そこに愛がなくたって、
 できるものはできるんでよ、センセイ」

こんなに神田が話したのを初めて聞いた。
その圧力のようなものが、心臓を圧迫する。
黒い縁のメガネの奥は、暗くてよく見えない。


「このゲームで、私が落とせなかったら
 先生の言うことの証明になるでしょ?
 そうだな…、期限は春。
 私が3年にあがる春まで、ってことで」

「春…?」

「そう。それまで私たちはみんなに知られてはいけない恋人同士。

 ……できます、よね?陽日センセ。」


何か白いもやのようなもので
頭がいっぱいになり、よく働かない。


大丈夫、俺は大人だ。

神田の間違いを正してやらねぇと。


大丈夫、

だいじょうぶ…



 

「あぁわかった」


俺の返事に軽くうなずき、
背を向け、保健室のドアに手をかける。

敷居をまたぐ寸前、軽く振りかえり、一言。

 

「全力で落としにいくんで。
 覚悟してくださいね、直獅センセ。」

 

不覚にも、その微笑んだ顔がキレイだと思ってしまった。

 

黒髪を揺らして、保健室から姿を消す。

 

残されたのは、俺ひとり。

 

1現目の予鈴が、朝の校舎に響いた。

 

 

02.らぶ、ゲーム。
("せんせい"と"せいと")

 



110928
直獅がなおしじゃない今日この頃。
ゲームスタートです。