感情論 | ナノ



01.第一幕、第一場



春の暖かい陽射しが窓から差し込む。

グラウンドからは運動部の掛け声が遠く聞こえる。

入学式が終わって2週間。

朝、こうして校舎を歩いていると
のどかな学校生活が戻ってきたことを実感する。

ふと、保健室のプレートが目に入った。

カーテンが閉まっていて、中は薄暗い。

誰かいる…。

まだ生徒もあまり登校していないはず…。

 

「……んっ…」

微かにくぐもった声が聞こえた。

高い音。

そんな声を持つのはうちの学園には2人しかいない。

夜久……いや、神田か…。

なんでこんなところに…?

 

「お〜い、神田。どーした………っっ!!!!?」

.........どういう…こと、だ……?

目に飛び込んできたのは、
想像していたのと全く違う光景だった。

 

薄暗い部屋の中、

椅子に腰かけ、シャツを肩からはずした神田と
その後ろに屈むようにたつ、犬飼。

俯いた首筋からは白い肌がさらされている。

ドアのひく音と同時に、神田が振り返った。
それにつられて、犬飼も振り返る。
何か、手元から落ちたがよく見えない。

 

神田の目元が、微かに赤くはれていた。

 

 

自分の中で何かが切れる音がする。

 

 

「お前ら、何やってんだ」

 

普段の直獅からは想像できないくらいの低い声。

それを察したのか、2人の体も一瞬硬直する。

「なっ、直ちゃん!誤解だって!」

鋭い沈黙を破ったのは犬飼。

「何が誤解なんだ、犬飼」

犬飼に詰め寄る直獅。
なにを言っても全て通らないぐらいの威圧。

「直ちゃんの思ってるよーなこと、なんもしてねぇって俺ら!」

犬飼のすぐ横に座っている神田に目を向ける。
シャツを羽織りなおして、ボタンを簡単に止めている。

「神田、お前その目……こいつになにかされたのか」

「……何もされて、いませんよ」

それだけいうと、神田は静かに立ち上がる。

「タカは関係ない」

赤くはらした強い瞳。

断固として言い切る。

 


「は?…お前ら…その、付き合っているのか?」

こいつらがお互いをかばう理由は、限られてくる。

どちらかが圧倒的優位にたっているか、

合意のうえでの行為…。

しかし、俺のそんな問いに目を丸くする2人。

 

「いや、まさか」

「付き合ってはねぇよ」

どういう…こと、だ……?

「だったら、さっき、なにやって…」

状況がだんだんつかめなくなってくる。

さっきこいつら2人は、ここで……。

「なにって…「そんなの人の自由ですよ、ね?」…飛鳥!」

何かを隠すような、何かを遮断するような言い様。

しかし、きっぱりと言い放った神田は、さっきと同じ強い瞳。

…なんて眸をしやがんだ……。

 

 

「タカ、先教室帰ってて」

自分の後ろにいる犬飼にそっと言う。

そろそろ生徒の多くも登校し始める時間になっていた。

「飛鳥?なに言って…」

「お願い。もうHRはじまるし……。
 なにより、颯斗が心配する」

神田の表情が見えない。

「………わかった。教室で待ってる」

「犬飼っ!放課後生徒指導室へ来い。
 詳しくはそこで聞く」

小さく頷いて、犬飼が保健室から出る。

 

 

01.第一幕、第一場
(薄暗い保健室に、ふたり)