はろ、はぴ | ナノ



12.宇宙の広さ。



 
暖かい日差しがさしこむ3階の廊下。

窓から空を見上げ、固まっている少女が一人。

見覚えのあるその横顔は2人しかいない女生徒の一人、神田さん。

 

「何してるの?神田さん」

まっすぐな眸で空を見上げる彼女は、今、なにを想っているのか…。

最強レベルに天然すぎる彼女のことなので到底見当もつかない。

 

「あ…久しぶり、東月くん」

やっぱり返ってきたのは答えじゃなくて、挨拶だった。

それだけ言うと、体一つ分、横にずれてくれる。

そのまま神田さんと肩を並べると、

すっぽりと切り取られた枠のなかに青い空が浮かぶ。

 

神田さんの視線はまだ空から離れない。

 

「なに、やってるの?」

「ん――――、…空?」

「…んーー、……言葉のキャッチボールしよっかぁ。…」

聞きたいのは…知りたいのはそれじゃない。

そんな一心に、なにを見て、なにを思っているのか。

一息の沈黙の後、神田さんがボソッと呟く。

「"宇宙(そら)の広さを記すとき、人は何で測るのだろう"…」

やっぱり彼女の思考回路はブラックホール。

謎が謎を呼ぶ、超難しい迷路みたいだ。

「……???」

「今朝聞いてた歌がそう言ってて…、実際どーなんだろうって思って…」

「それで、空を見ていた…と」

「うん。っで?東月くんはどう思う?」

もう一度神田さんと一緒に空を見上げる。

梅雨に入る前の澄みきった青。

こんな広く果てのないものを測りきるもの…。

「ん――、、、天文学的にいえば……角度?」

「やっぱそーだよねー…」

どうも納得のいかないような表情。

「137億光年も測れる定規なんてあるわけいないし…」

「そんまえに大気圏で燃え尽きるね、確実に」

乾いた笑いが間を埋める。

感受的で、抽象的なその歌詞は

天文学を勉強している俺たちにとって無意味な疑問しか生まない。

 

「それ、なんのうた?」

「………哀しい恋の歌」


「"宇宙(そら)の広さを記すとき、人は何で測るのだろう。
  
  この想いを伝えるとき、僕はどんな言葉にしよう。"」



弾む歌声とと明るい空に似合わない、
詰まる言葉と哀しいメロディ。

視界いっぱいに青が広がる。

 

「錫也ー!飛鳥ちゃーん!」

唐突に明るい声に呼ばれ、視線を下に落とすと

中庭で手を振っている、大切な幼馴染たち。

「早く来いよー!」

哉太の言葉に、いましがた自分がなにをするはずだったかを思い出した。

そうだ。

新作のお菓子ができたからみんなで茶会もどきを開こうとしてたんだった。


「哉太たちと新作のお菓子の試食会やるんだけど、神田さんもどう?」

自分の左手に下げている荷物を掲げて見せる。

 

「もちろん、行かせてもらいます!」

甘いものがだいすきな彼女は、空と同じ明るい笑顔。

 

「じゃぁ、行こうか」

2人で肩を並べ、

日もずいぶんと傾いた3階の廊下を歩く。

 





12.宇宙の広さ。

 






俺の手の届く範囲じゃ

到底測りきれないこの空は

きっと俺らの手に余るほど、

大きく、難しい。



けど、

いつか、

少しでも、

きみに伝わればいいな。





111006

『ジョバイロ/ポルノグラフィティ』より。
これにはまってたとき、
ちょうど宇宙科学の授業で測量のはなしがあって、
どうしても書きたかったネタ。