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「びゅろは、でいけあじゃない」

 哀さんが、ジョディさんが口にして、あのおじさんが、たぶんわたしに向かって言った言葉。
 ――つまり、FBIは託児所じゃないぞと言いたかったのである。
 たったそれだけの言葉を理解するのに随分かかってしまった。はじめから聞いておけばよかったのかも知れない。あのおじさんにとって、わたしの粗相というよりは、わたしがいること自体が問題だったのだ。なるほどと内心手を打つような気持ちで納得して、次からはその場で尋ねようかと考えながら顔をあげたら、ばっと、思っていた以上の視線を浴びた。
 いつの間にか部屋はシンと静まり返っていて、みんなわたしを見て固まっている。
 なんともいえない表情。向かいのお兄さんが何かを言いかけたものの口を閉じ、ジョディさんへとアイコンタクトをしたかと思えば、ジョディさんもなんたか複雑そうな顔をして、唇をもごりとさせる。
 その様子を見て、はじめきょとりとしていた零くんさんが軽く眉を寄せるのも見えた。

「……あ、あの……」

 ジョディさんのものもおじさんのものも、たまたま拾い上げきれた似た響きの言葉で耳に残っていたから、つい哀さんと同じことを言っていたのだろうと思いこんで口にしてしまったけど、トンデモトンチンカンだっただろうか。
 ビューローはえふびーあいの人たちがえふびーあいを指して言う、とのことだったし、つまりイコールえふびーあいの人たち自身ということになるのでは……も、もしかしたら、侮辱みたいな真似をしでかしてしまった?
 一気に後悔が渦巻いて、ぶわっと汗が吹き出るような感覚がした。何か言おうとして、しかし言葉が出ない。妙なときだけ軽い口である。

「――そうだな、ありす捜査官」

 沈黙を破ったのは、重々しいジェイムズさんの声だった。

「諸君。ボスのお手を煩わすことないよう、午後もしっかりと働くことにしよう。“立派な大人”として」

 そう言って、ジェイムズさんはころりと表情を明るくし、「美味しい食事で英気も養われたろう」と茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。みんな、それに脱力したように、そして安心したように息をついて、ジェイムズさんと同じように、わたしをボスと呼んで、頑張ります、なんて冗談を飛ばしてくる。
 沈黙は正味たった数秒のことだったはずなのに、焦燥や居たたまれなさが強かったので、全くそんな感じがしない。

「ありすちゃん、サンドイッチもどう?」

 残ったわたしの気まずさを拭うかのよう、零くんさんがそんなことを聞いてきて、頷くのと同時くらいに手に持たせてきた。
 どうやら失言を謝るよりは、その流れに乗ったほうが“良い子”のようだ。夢中になったていで、いやわりと齧ってみたら本当に夢中になったけれど、かっこむ勢いで頬張って咀嚼して、もうさっきのことは忘れましたよみたいに、顔と声で精一杯表現してみせる。

「や、やみ」

 そうすると、零くんさんもみんなも、ホッとしたように笑った。
 いやでも本当に美味しい。なんだろう、パンもハムも普通のものな気がするのに、不思議と一味違うような。ひとつが小さめに作られているのもあって、あっという間に胃に納めてしまった。もう一個食べても良いかな〜と視線をやったところで、零くんさんはほい来たとばかりに取ってくれる。

「あ、ありがと……です」
「いいえ。気に入ってもらえたようでなによりだよ」

 うれしいな、と零くんさんがニコニコする。
 相変わらずそれに照れてしまう。なかなか慣れない。美人は三日で飽きるとかいうのアレはウソ。先生もゆってた。ゆってませんかそりゃ失敬。
 デレて気持ち悪い顔をしそうだったので誤魔化しついでにあむあむとサンドイッチに齧りついたら、ちょっと笑われてしまった。くすりとしただけ、悪意ないものだったけどともかく恥ずかしい。

「それにしてもシュウったら間が悪いわねえ。せっかくフルヤが作ってきてくれたのに」
「僕は一向に構いませんけどね」
「拗ねちゃうかも」
「あの彼が食事一つ食べ損ねて膨れっ面するさまなんてむしろ見てみたいくらいですよ。ぜひ残さず食べてください」

 ジョディさんと零くんさんの会話をBGMに、もうひとつもぺろりといけてしまった。でもさすがにお腹いっぱいである。ジョディさんが「もうひとつ食べる?」と聞いてくるのに、ついうーんと唸ってしまった。

「え、えと……とっとく、できる……?」

 ジョディさんは、きょとりとして「シュウに?」と聞き返してきた。えっ。

「フルヤが意地悪なこと言うから」
「……ごめんね、意地悪のつもりはなかったんだよ。その、なんていうか、あの人そういうこと気にしなさそうだし、想像できないだろ? つい、冗談で。――食べてくれるかはわからないけれど、分けておくね」

 申し訳ないことに全然そんなつもりはなかったものの、みんなでこうして舌鼓を打っている間に仕事をしているのだと思うと忍びない。いやちゃんと別に休憩もあって食事は摂ってるのかもしれないけれど。こんなに美味しいものを食べられないのはもったいない。食べれるなら食べてもらいたいし――同じものを食べて、同じ気持ちを味わいたい、とも思う。

「お、おねがい……ます」

 零くんさんは快く承諾すると、器のうち空きかけていた一つに、それぞれ少しずつ詰めてちょっとしたお弁当にしてくれた。


 いつもビルを出るのよりも少し遅い時間に帰ってきた秀一さんは、ジェイムズさんに渡された零くんさん特製弁当を、なるほどさすがだな、なんて口角を上げ、ちょっぴり進みのよい手付きで平らげた。
 友人ではないみたいなことを言っていたけれども、やっぱり仲良しさんのように思える。男のゆーじょーってそんなものなんですかね先生。


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