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 日本の警察庁から訪れた彼らが単なる人事交流をしにきたのではないと知る人間はそう多くない。
 一般の職員などはその名目を信じ切って疑わないに違いない。多くはないにしろそれなりの数いるのは、程度の差はあれど過去、そして現在の仕事が彼らの問題と絡み、あるいは彼ら自身と浅くはない関わりを持つからだ。
 とはいえ、ただ目的が別にある、というだけで、その詳細までは私も把握してはいなかった。降谷と同様ジェイムズに呼び出されたということは、これから知ることになるのだろう。

 会議室に集まったのは、ジェイムズと降谷、その部下らしき二名、それから私と、私のチームのメンバー数名。全員ではない。チームには能力を買って面子に加えられた他課の人間もいて、彼らにはそちらの仕事もあるのだ。
 ジェイムズに促され、室内中央に置かれた大きなテーブルを囲んで座る。並んだ顔からして、降谷の“探し人”は私たちの捜査対象である犯罪組織に関わりがあるのか。
 そうアタリをつけたところだった。集合時間から遅れて二分ほど、会議室の扉はまたがちゃりと開閉音を響かせた。

「あら?」

 姿を見せたのは、シュウ。それと、エリックにマイヤー、彼のチームに属する同僚たちだ。

「ああ、私が呼んだんだ」

 首を傾げた私にジェイムズが言った。
 降谷はシュウを見て一瞬眉を顰めはしたものの、再びすっと表情を戻し、毅然とした態度で彼らを出迎えた。日本にいた頃にも、ありすちゃんと接している姿を見ていても思ったけれど、随分と切り替えがいい。

「シュウたちにも関わることなの?」

 私たちの現在の捜査は、大きな枠で言えば、中東の過激派・テロ組織に関してではあるが、その中でもテロ組織に支援取引等で関与している犯罪組織についてと言ったほうがより正しく、シュウはアジア系の犯罪集団、私はコロンビア系薬物カルテルをメインに携わっている。
 悲しいかな犯罪組織というのは我が国内のみ、州内のみにおいても数多存在するもので、拠点や規模、活動内容、それを構成する人種なども様々で、一纏めに相手取ろうとするととてもじゃないが首が回らないのだ。返礼や相互利益のために組織間で協力や連合などもなされることがあるにせよ、闇雲に繋がりを全て辿るよりも組織毎に当たりそこから伸びる糸を手繰る方が効率がいい。
 シュウ自体は、そうして集団の捜査をしながらも個人で事件を追ったり、依頼されて知恵や力を貸し、助っ人に向かったりとあちこちに首を突っ込んではいるようだけれど、シュウのチームの面子もやってきたということは、つまりどちらの捜査対象とも関わりのある人物か組織、ということになるのか。
 シュウはその私の憶測を声にして聞くまでもなく読み取れたようで、気負った様子もなく回り込んで空いた席に適当に座り、引き連れてきた人間が同様に席につくのを待たず、私を見遣って口を開いた。

「共通しているのは――取り上げるに値するのは、所属や主たる触法行為よりも、その後の話だ」
「後?」
「例の鬼ごっこはどうなった?」
「……まだよ。あんただって逃げられたんでしょ?」
「そこだ。一時的であれ逃走を成功させたという点」

 なに悔しかったの? と、つい口から出そうになった揶揄をしまい込む。さすがにこの場その内容では必要のないことだし、シュウがそう口惜しさで負け惜しみを言うような人間でないことも知っている。

「奴はそれまでの行動から鑑みて頭の回るタイプではないし、お前のところの奴らも、逃した奴に関して言えばそうだ。そもそもその身の上や所業が露呈し我々が目をつけたのは、向こうの度重なる杜撰な行動や失態によるものだ。その割に我々がいざ計画して捕らえにかかると途端素早く察知して散った」
「確かにそうだけれど……」
「相変わらず手法は短絡的で急拵えなのがありありと分かるお粗末さ。反応や結果と噛み合わない。自ら気づき得て思考したというよりも、外部から齎された何らかのものによって場当たり的に行動を変じたとみられる」

 シュウは続いて、手にしていた書類のうちの数枚を引き抜いてテーブル中央へと滑らせた。

「それにこれだ」

 重なった用紙の一番上には、写真が印刷されていた。以前も彼のPC画面で似たものを見た覚えのある、レイティングをつけるならばRかNC-17指定にでもなりそうなものだ。耐性のない者なら胃の内容物を戻してしまいそうな光景。

「Ew……」

 同僚の内数名がそれを見て顔を顰める。
 降谷は紙面に対してはさして表情も変えることもなく冷静な様子ではいたが、シュウには思いっきり怪訝そうな目を向けた。しかし降谷の領分には入らないことなのか、場の空気を考慮してか、口を挟む気はないようで、ただじっと話を聞く姿勢を取っている。

 シュウが指し示した写真に収められているのは、腹部を開かれ、内臓を、特に子宮を酷く傷つけられた女性の遺体だ。
 この面子だしジェイムズならば構わないというだろうに、ありすちゃんをキャメルに預けてきたというのはこのためだろうか。さすがに子どもに見せられないものだし、これでも女なのだ、私としても気分はよくない。
 しかし、それこそ共通項とやらがないのでは、と思う。
 話によれば、幾度と続いている“それ”の初めの被害者は、テロ組織の関係者としてマークされる数多のうちの一人であったのだという。しかし調査の結果、一度リクルーティング担当の人間にコンタクトを取られたのみでそれは辞退しており、実際には足の指の先ほども浸かっておらずシロ。
 以降の被害者は犯罪歴もその気配もない、それ以前の被害者ともまったく関わりもない人間ばかりになり、我々の捜査の対象としてはやや異なる連続殺人として他のチームに回す、ということだったはずだけれど。しかもシュウが見せたそれは、確か比較的最近起きた分で、NYPDが捜査を行っていたもののはずだ。

「わざわざ市警からかっ攫ってきたの?」
「ああ、これも第一の被害者とは違う」
「やっぱり別件だったんじゃない」
「“一番初め”と比較してのことだ。お前の言う二番目の女についても――」

 気にかかる単語を口にしながらも、シュウはそれを置き去りに、手元から更に書類を持ち出して、先程広げたものの傍に並べた。
 こちらはG、なんの変哲もない男の写真である。アジア系の顔立ちをしているが、ハーフかクォーターか、生粋の者ではなさそうだ。

「この男、元々はチャイナタウンに縄張りを張る堂系列のリャン・ジャイだ。堂での生業として第二の被害者の売春に関わっていたが、手を離れて以降も個人的な繋がりを持っていた。そして、こいつは被害者がテロ組織関係者の嫌疑をかけられていたことを知っていた」
「そりゃあ個人的な付き合いがあったんなら話を聞いていても可笑しくないんじゃないか」

 同僚が口にしたそれは至極真っ当な意見だったが、ふと思い起こしたものがあって、つい、「ああでも」と声を上げてしまう。
 不用意に遮ることになってしまったかとは思ったものの、みな耳を傾ける様子を見せるし、シュウも私の言葉を待つようにしたので、まあいいかと続けた。

「それは、彼女自身も把握していなかったことなのよね?」
「……誰から聞いた?」
「チャーリーから」

 シュウは僅かに眉根を寄せながらも、そうか、とだけ言って納得したポーズを見せた。
 何か思うところがあるのにあえて告げない、という類の反応だ。もちろん本当に納得して似たような返事をする時もあるけれど、今のはそれとは少し違う。
 しかし、そうまでは分かっても、どういう意図でなされたものか、その胸中になにがあるのか、彼の思考を読み取ることまでは出来ないのだ。昔からずっと。


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