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「ほら、ありすちゃん」

 向かいに座るジョディさんがほらおたべ〜ってな感じに開けて渡してくれたランチボックスを前に、いただきますとわたしが手を合わせた少し後、秀一さんも缶コーヒーを置いて手を合わせ、呟くようにぼそりと、いただきますを言った。
 それを見て零くんさんがぎょっとしたような顔をする。わたしにとっては見慣れたと言ってもいい姿だけれど、やっぱり昔からの知り合いにとっては珍しいものらしい。

「なんだ?」
「いいえなんでも」

 秀一さんの問いにすっと澄まして答え小さく首を振ると、零くんさんはまた顔つきを和らげてわたしに笑いかけてくれた。表情豊かでどれもかっこいい。

「ちゃんといただきますできるんだね、えらいね」

 更にはマカロニをフォークで突くわたしの手つきを、「食べるの上手だね」とも褒めてくれた。実際のところはいつも零したりして秀一さんに片付けを強いてしまう有様で、下手くそにも程があるのだけれど、ゲンキンなもので、へへっとにやけてしまう。
 ほんの些細なことでもそうして取り上げてくれて、もしや生きてるだけで褒めてくれるのではなかろうかという気持ちになる。

「マックアンドチーズが好きなのかい?」
「うん、す、すき」
「美味しいよね、僕も好きだよ。アボカドやトマトを入れたのは食べたことある?」
「な、ない」
「具材やチーズや調味料を変えてみるとまた違う美味しさがあるんだ。ワインやウイスキーを使ったやつなんかは、ちょっぴり大人の味になるよ」

 これまで食べたことのあるまっくあんどちーずとやらは、大抵マカロニとチーズだけで、たまに玉ねぎやベーコンが入っているくらいのシンプルなものばかりだ。そういう料理だと思っていたのだけれど、なかなかバリエーション豊富らしい。

「ういすきー……」
「そう、お酒の一つで……」
「すこっち?」
「――え?」

 こないだ秀一さんから教えてもらったことを思い出してなんとなく言っただけのそれに、何故か零くんさんは、目を見開いて、口も半端に開いたまま固まった。

「え、えっと、ちがう? ば、ばーぼん……」

 零くんさんは複雑そうな表情をして、何かを言いかけて口をつぐんだ。
 あまりにトンチンカンで呆気にとられたのだろうか、と思ったものの、こんな反応をする程のことだったんだろうか。何かわたしの知らない常識や風習として、とんでもなくまずい言い方をした?
 冷や汗をかきかけたわたしの頭の上に、ぽん、と大きな手が乗ってくる。右隣から、ということは、秀一さん。

「……食べたければ俺のダルモアでもウッドフォードリザーブでも使っていいが」
「あ、ああ……そういう……」

 そうですよね、何を考えてるんだか、と、まるで自嘲するかのような小さな呟きが、そのきれいな唇から確かにこぼれた。
 それは秀一さんの耳にも届いたはずのに、秀一さんはあたかも聞こえなかったかのような素振りをして、零くんさんの方を軽く見やると、また一口コーヒーを含んで飲み、口を開いた。

「しかし俺は作り方が分からん」
「フルヤが作ってあげたら? シュウのと一緒に。私も食べたいわ」

 明るくころころとしたジョディさんの言葉に、釣られたようにして零くんさんが笑う。どことなく苦味のある、オトナの笑みだ。

「……ありすちゃんと貴女に振る舞うのは構いませんけど」
「俺には構うような言い方だな」
「タールとニコチンで麻痺した舌にはアレンジも何もないんじゃないですか?」
「なに、酒の味は分かる」
「ならどうぞ、いつも通りそのまま飲んで下さい。ちなみにアルコールの分解でも亜鉛が消費されるのはご存知で? あなた健康診断の結果は大丈夫なんです?」
「心配には及ばんさ」
「別に心配はしてません」

 うーん、皮肉げに目を細めたりつんと澄ます姿もサマになる。零くんさんの所作すべてが目の保養になる。ただイケとはまさにこのこと。
 なんてしみじみ思いつつもしゃもしゃとマカロニを頬張りながら眺めていたら、零くんさんはわたしに、ああごめんね、と言って眉を下げた。全然これっぽっちも気にしなくていいのだけれど。

「……れーくん、えと、りょーり、する?」
「うん、まあ、最近は忙しくてサボったりもするんだけどね、人並みにはできるつもりだよ」
「人並みどころじゃないわ、フルヤはお店で調理もしてたのよ」
「す、すごい!」
「と言っても、シェフみたいにちゃんとしたものじゃないよ。アルバイトで、作ってたのはサンドイッチみたいな簡単なものだけ」
「でもとっても美味しかったわ。コーヒーも淹れるの上手なのよね」
「ありがとうございます」

 照れちゃうな、との笑みにはちょっぴりの恥ずかしさに反してたっぷりの愛嬌が込められていて、わたしですらうっかり可愛いと思ってしまう。綺麗なだけでなく親しみやすさも兼ね備えているえくったしーな王子様である。み、見れば見るほど病気が悪化していく……。
 妙な思考から意識を逸らすために、コーヒーといえば、と脳内で連想ゲームをして、手繰り寄せたものをぱっと喉から押し出した。

「こ……こーひー、つくった? えと……」

 零くんさんは、急な振りに少しきょとんとはしたものの、すぐさまわたしがちらっと上げた視線を追って、青い瞳に秀一さんを捉え、再びわたしの顔を覗き込んだ。

「こいつに? するわけ――いや、あはは、ないなあ。そういうことする暇はなくて」
「あっ、あの……す、すき、て、いってた、から……」
「大絶賛のコーヒーを飲んでみたいのは山々なんだがな、降谷君は俺には嫌だと言うんだ。ありすが頼んでくれれば、もしかすると淹れてくれるかもしれないが」
「お前――」

 めちゃくちゃ余計なことを言ってしまったようである。


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