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 結局風邪が治るまでそれなりに日数がかかってしまった。
 秀一さんは朝に遅めに出勤したり、あるいは昼や夕方に早めに帰ってきたりしてくれて、そのいない間は工藤さんと哀さんが来てくれた。居住国というわけでもないはずなのに何度も世話しに通ってもらってもう本当に頭が上がらない。
 結局工藤さんと秀一さんとの朗読リレーは、わんわんの話を終え、それに比べたら短い話が色々と入っている短編集らしい本に突入していた。もしかしたら前の本でそういう描写が既にあったのかもしれないけれど、探偵役がいきなり死んでいたりかと思えば生きていたりとなかなか波乱万丈な感じのシリーズだ。続きを楽しみにはしているけれど、そもそもはじめの方を読んだことがないというのはまだ言えていない。もう言えないかもしれない。

 そんなこんなで数日ぶり、久々に秀一さんと一緒に出勤すると、みんな良かったねとニコニコ笑ってハグをしたり頭を撫でたりしてくれて、以前と比べて倍のお菓子をくれた。
 申し訳ないのと同時にちょっぴり嬉しい。
 なんとなく、わたしは来ちゃいけないのかなあなんて思って地味に不安になったりもしていたのだ。いや来るべきというわけでもそういう場所でもないんだろうけれど、それでもひとまず表面は優しくしてくれることに安心した。せめて出来る限りそうしていてもらえるように、良い子でいないと。

 そしてまた以前のように秀一さんのそばの席に陣取って、貰ったお菓子を食べたり絵本を読んだり、秀一さんや同僚さんたちの働きっぷりを眺めたりしていたとき。
 ふいにきらきらとしたものが視界の端をかすめた。
 惹かれて首を回し捉えたそれは、やや跳ねながらもさらりとした、金色のかみ。

「おーじたま……」

 ウッカリ漏れ出たメルヘンな単語は秀一さんの耳にもばっちり届いてしまったようで、秀一さんがそれまで睨みつけていたモニターからわたしへ、そこからさらにわたしの向いていた方へと視線を移した。
 少し離れたところの、廊下に繋がる扉があるあたり。背の高い数人の男の人に囲まれながらも目立って存在感を放つ、金色の髪の、スーツを着たお兄さん。これまでに見たことがない人だ。お兄さん自身もあまりここに馴染んでいる風ではない、ような気がする。
 秀一さんが視線を飛ばしてから数秒ともいかないようなほんの僅かな間のあと、お兄さんもぱっとわたしを、というかわたしの傍にいる秀一さんを見たかと思うと、こちらにカツカツと迷いなく歩み寄ってきた。

「……××××、××××?」

 話しかけたのは秀一さんからだった。その静かな問いかけに、お兄さんははっきりとした口調で返した。

「××、×××××。××××××××××?」
「×××××××××」
「×××××××」

 秀一さんとお兄さんはいくらかの言葉を交わすと、ちょっと不思議なほど二人ともぴたりと口をつぐんで一拍見つめ合い、ふっと少し目を逸らした。
 それから、お兄さんはわたしの方に体を向けて屈み込んできて、秀一さんはそれを見つめる形になる。

「きみが赤井……ありすちゃんだね? 僕は降谷零。日本のおまわりさんでね――」
「俺の友人」
「――とまではいかないけれど、まあ知り合いだ」

 短くさし挟まれた言葉に、お兄さんは秀一さんを見遣りもせずさらりと続けた。

「そういう繋がりもあるからね、仕事のうちの一つとして、日本からの代表という形で、人事交流……というか、こっちのおまわりさんと仲良くなるために来たんだ」
「名目はそうしたわけだ」
「ねえ、あなたに言ってるわけじゃないんですけど。もしかしてあなたにもこれくらい噛み砕いてあげなきゃいけません?」
「してくれるというのならば是非頼もうか」
「暇じゃないでしょう」
「……きみと同じくらいな」

 秀一さんは、必要なければしないだけで、人の会話に口を挟む事自体はあんまり躊躇しないという節が、多分あると思うのだけれど、どうにも今はいつものと調子が違うというか、茶々を入れている、といった風であるような気がする。どことなく親しげというか、気安そうな態度だ。
 それに反してお兄さんは棘も若干見え隠れしているような、あんまり優しいとは言い難い言葉と態度である。なんだかんだと秀一さんには好意的な人が多く、秀一さんのほうがそっけなかったりするので、何気にすごく珍しい光景な気がする。

「ふりゃ……」
「“零くん”でいいよ」
「……れ、れーく……」

 なんだかこんなイケメンさんをくん付けで呼ぶのは照れてしまう。何を照れてるんだわたしはって脳内自ツッコミも秒で湧いて羞恥心が増す。
 恥ずかしさを紛らわすのに先生を盾にする形で顔の前まで持ち上げれば、零くん……さんは、先生の頭を優しくぽんぽんと撫でた。

「素敵なお友だちだね。この子の名前は?」
「せ、せんせ……」
「おや、お友だちじゃなくて先生なのかな?」
「えと……う、うん」
「そうか、先生もよろしくお願いします」

 そうやって零くんさんが先生に浮かべた笑顔を、もこもこの毛の影からこそっと見つめていたら、それをそのままわたしにも向けてこられてひゃっとなる。
 なんというか、秀一さんの同僚さんたちにもきれいな金髪や顔の整ったお兄さんは何人もいるし、秀一さんも綺麗な顔立ちではあるのだけれど、零くんさんのそれとは違う。
 馴染み深い日本人らしい顔に、こちらの人のように百二十パーセントオープンといった風ではなくやや控えめさのある柔らかな笑みは、無意識に警戒心がとけていく、ほっとするようなもの。穏やかで大人然とした落ち着きと深みのある表情は、同じ日本人らしい工藤さんにはないものだ。
 なにより、なんというか、その、ちょっぴり……ほんのちょっぴり、わたしが好きなタイプなのである。

「しばらくこっちにお邪魔すると思うけど、ありすちゃんも仲良くしてくれると嬉しいな」
「う、あわ……すっ、する、です。おねが、します」

 しどろもどろになりながらうんうん頷けば、零くんさんは更ににこにこしてくれた。か、かっこいい。

「ありがとう。優しいね」
「えっ、えへ、へへ……」

 社交辞令な子供対応だとは思いつつ、零くんさんが口にするとあたかも本心から言っているかのように自然で、思わず気持ち悪い笑みを漏らしてしまった。しかし零くんさんはそれに引くようなこともない。オトナだ。
 そして、零くんさんがまた口を開こうとした時、

「……降谷君。“仕事のうちの一つ”として来たんだろう?」 

 と、こちらを眺めていた秀一さんの声がそれを遮った。
 それを受けてすっと真面目な顔つきになった零くんさんは、「ああ、そうでした」と言って、わたしに「またね」と手を振り、来た時同様カツカツと去っていった。
 イケメンは歩く姿も絵になる。徒歩で来たでも充分かっこいい、馬車なんて要らないレベルの王子様度である。
 振り返った零くんさんににこりと微笑まれてそわそわしていたら、秀一さんがぽふりとわたしの頭に手を置いた。落ち着けとな。は、はい。


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