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 翌日、起きて朝食を済ませると、秀一さんは約束通り散歩に行こうと言った。

「せっかくだから、少し足を延ばそう。いいところがある」

 ちょっと待っていてくれ、ということですぐには家を出ずに、ソファに並んで座り、秀一さんがノートパソコンを弄る横で絵本を眺めていれば、びーっと、以前にも聞いたあのチャイムの音が響いた。
 秀一さんは、それを鳴らした人物を出迎えて招き入れたようで、玄関に向かったと思えば、複数の足音を連れてすぐに戻ってきた。
 廊下の奥から姿を見せたのは、見覚えのありすぎる三人だ。ジョディさんと、工藤さんと、哀さん。

「おはよう、ありすちゃん。私たちも一緒に行っていいかしら?」

 ソファの前に膝をついて首を傾げたジョディさんは、いつもよりももっと攻めた格好というか、ブラウスと薄手のジャケットは変わりなさそうに見えるけれど、スカートがとんでもなくタイトかつミニで、そうしていると中のほうが危ういのではとそわそわしてしまう服装だ。胸元もそうだし、足の露出がすごい。
 ジョディさんの場合は、豊かな胸部と臀部に加えすらりとして引き締まった長い足もあるのでそのポテンシャルを活かす形になっているけれども、スタイルが良くなければ到底できない格好である。

「この前あんまり遊べなかったからと思ったのだけれど、どう?」

 ジョディさんの隣に並んで軽く身をかがめた哀さんも、デニムのワンピースにカーディガンといった、これまたおしゃれな、わたしではちんちくりんになりかねない服をうまく着こなしている。
 綺麗な女の人と女の子に二人揃って伺うよう覗き込まれて、間違ってもNOと言えるわけがない。そもそもはなっからNOと言う気は微塵もない。
 ぶんぶんと首を縦に振れば、二人と、なぜか後ろでこちらの様子を見ていた工藤さんも、小さく息をついた。


 軽く身支度を整え、また哀さんと工藤さんに手を引かれて向かったのは、以前に使った地下鉄の駅だった。
 これよと示されて乗った車両はそれなりに人がいたもののいくつかの席はあいていて、カラフルなそれに三人並んで座り、先生を抱いたジョディさんと秀一さんが目の前に立って吊革を握った。ジョディさんは秀一さんよりも大事そうに抱いてくれるもので、先生も心なしか嬉しそうに見える。よかったね先生。

 がたごと揺られて二十分ほど、地上に出たそこが目的地かと思ったら、まだ更に先があるらしい。
 家やえふびーあいのビル周辺から比べたら空がひらけて見える景色。それでもなかなか立派なサイズの建物がそれなりに間隔を空けながらもドンドコ建っていて、哀さんはわたしと、わたしと手を繋ぐ工藤さん、それから後ろをついてくるジョディさんと秀一さんを導くように、そのうちの一つに向かって歩を進めた。
 その目が見据えているのは、付近に建つガラス張りの近代的なデザインの建物とは違って、少しレトロな感じのある、二階建てほどに見える造りの建物だ。
 緑と白の柱に、大きく取られた窓を縁取る明るい茶色の枠が印象的な、不思議な見た目。

「ありすちゃん、船に乗ったことはあるかしら?」

 哀さんにそう聞かれて思い返そうとして、脳裏で掬おうとしたものの浅さにたじろいで、反射で首を横に振った。
 ない、ということにしてしまっても、きっと誰も分からない。だって、わたしにも分からないのだ。

「それならちょうどいいわ」
「え、えと……」
「今から行く場所まで、フェリーが出てるの。そんなに遠くはないんだけどね」
「ふぇりー」
「船のことよ」

 駅っぽさを感じると思ったら、建物はフェリーターミナルだったらしい。
 窓口に並んでチケットを買ってから少しの間待ち、それらしいアナウンスとともに流れ出した人混みと一緒に、ターミナルの一階を突っ切るようにして伸びる、車も行き交えそうな大きな道を通って、その先で待っていた二階建てのフェリーに乗り込む。流石に人も多いし乗り降りになるからか、わたしは秀一さんに抱えられた状態でだ。

「せっかくだから上に行きましょ」

 というジョディさんの背を追って階段を登り、オープンデッキらしきところに出たところで、フェリーがゆらりと揺れた。出航したらしい。
 中央にずらりと並んだ椅子にも、その周り、柵側を背にしてぐるりと囲むよう作られた椅子にもたくさんの人がいて、皆それぞれ辺りに視線を巡らせ、楽しげにおしゃべりをしたり、指を指してみたり、写真を撮ったりしている。
 友人同士らしい人たちやカップル、わたしほどの小さい子どもを連れた家族もいて、レジャー風の格好の人が多いので、そのための便なのかもしれない。
 ほら、と、柵側の空いた席に寄ったジョディさんの手招きに応じて、哀さんがジョディさんの隣に座り、秀一さんがその隣に、更に隣に工藤さんが座った。
 フェリーが進むにつれ、秀一さんの肩越し、ターミナル側の続きの陸地に、背の高いビル群が生い茂るようににょきにょきと建ち並ぶ姿が、次第によく見えるようになっていく。
 明らかに日本のものではないそれは、遠く引いて見た分高架道路からよりもっとずっと、なんだかテレビの向こうのような現実感のない風景に感じられて、とてもじゃないけれどあんなところに自分がいたというのが信じられない。信じられないというわたしに、突き付けてくるようでもある。

 無意識のうちに漏れた声のせいか。
 秀一さんが、静かにわたしの髪を撫でた。


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