38

 足元の、わずかに光の漏れる隙間へ上向きに手を差し入れて、ひょいっとダンボールを持ち上げる。
 そろそろーっと見上げてみると、目の前には、ジョディさんがきょとんとした表情でしゃがみこんでいた。

「え、えと、かくれんぼ」

 さすがに潜入作戦ごっこというのは恥ずかしくて餃子の皮に包んでマイルドにしてみたものの、それはそれで痛々しい感じになってしまった。ジョディさんは眉を下げて、どことなくかわいそうな子を見るような目をしている。

「……先生と?」
「う、うん……」

 終わらなそうね……とぼそりとツッコまれてしまった。おっしゃる通り。タイムアウトでドローかもしれない。
 反射で頷いてしまったものの、ぬいぐるみと一緒にかくれんぼとはまるで都市伝説のようじゃなかろうか。真っ昼間だし、詰めるお米も沈める風呂場もないし、そんなつもりは全く無いんだけども。いやほんとですよ先生。
 ジョディさんはちょっぴり考えるような仕草をして、思いついた、というように軽く手を叩いた。

「私も混ぜてくれないかしら?」
「でも、あの、おしごと……」
「今手が空いてるのよ。ありすちゃんと先生が良ければ」

 そう言われてしまっては頷くほかない。わざわざ付き合ってくれるその優しさをありがたく受け取って全力で遊ぶしかあるまい。
 ジョディさんは、じゃあ私が鬼になるわね、と笑って近くの棚に腕をあて、そこにおでこを付けるような格好になって、数をカウントし始めた。……してるのだと思う。みし、みししっぴ? とはなんぞや。気にはなるけども、それはまた後で聞くということで、ひとまず先生を抱っこしてフロアの方へちょっぴり小走りで移動する。
 さっきのお姉さんたちはまだ同じ所にいて、わたしの姿を見て瞬いた。

「ありすチャン、こんどはどした?」
「え、えと、かくれんぼ」
「カクレンボ?」

 首を傾げたお姉さんに、隣りにいたお兄さんが、「××××××××××」と言った。聞いたお姉さんがなるほどと納得したような顔で頷く。それからしゃがみこんで、なにやらちょっと悪戯げな笑顔を浮かべ、ついっと横を指差した。

「シューイチのトコ行ったらいいよ」
「ああ、あいつが子どもの遊びに協力するとは思わないかも」

 それってつまり協力を期待できないということなのでは。しかしお姉さんもお兄さんも裏をかいた良いアイデアだなんてノリノリで、さあさあと背まで押してきた。
 がんばってね、と見送られて、ええいままよ当たって砕けろな気持ちで秀一さんのデスクへ向かう。

 秀一さんは、そう間も置かずに戻ってきたわたしを見下ろし、ジョディさんのカウントする声が飛んでくる棚の方を見て、一つため息をついた。なんかしょーもないことしてると呆れているのかもしれない。改めて考えなくても仕事してる横で遊ばれたらそんなに気分が良いものじゃないだろう。
 やっぱり撃沈かと思ったら、秀一さんは「××××××××××……」小さくぼやくように何かを言うと、デスクの手前側の端に掌を当ててから腕を伸ばし、座ったまま、キャスター付きの椅子をすっと後ろに移動させた。デスクと秀一さんの座る椅子との距離がひらいて、足元の空間がぱかりと空いて見える。
 どうしたんだろう、と首を傾げていたら、秀一さんはその空間を視線で指し示すようにした。

「……ほら」

 つ、つまり、そこに隠れていいよということ?

「あ、あの……だいじょぶ?」
「構わん。早くしないと来るぞ」

 ジョディさんの声は既に五十くらいを数えていた。長めに一分待ってくれるという話だったのである。
 そわそわしながらも慌ててデスクの下に潜り込めば、秀一さんはわたしの位置をちらりと確認して、また椅子を机の方に寄せ、わたしを避けるように足を入れてきた。

「もういいかい、探しにいくよ」

 フロアの向こうから、そんな声が聞こえる。もういいよ、と答える前に宣言されてしまった。そ、そういうのもあるのか。
 ちょっぴり薄暗いデスク下、先生をお腹と足の間に挟んで膝を抱え、なんとなーく秀一さんの足を眺める。細くて長い足だけれど、このスラックスの中には引き締まった筋肉があるのだ。多分蹴られたら死ぬ。
 足先を包んでいるのは、初めて出会った時にも見た、あの大きな靴。
 ちょっぴり好奇心が沸いて、つんつんと小さく突いてみたら、

「!」

 ぱたんと爪先が一度起き上がって床を叩いた。
 少し置いてから、ぱたぱた、と二度。どことなくおちゃめでネコちゃんの尻尾のような動き。
 こ、これほんとに秀一さんがやってる? いつのまにか違う人と入れ替わってる?
 飛び出て確認したいくらいだったけれども、それだと見つかってしまう。ドキドキしながら靴と戯れること体感十数分、椅子の足の向こうにパンプスを履いた綺麗な足が現れて、英語でなにやらもじゃもじゃと話す声がしたあと、ジョディさんがひょいっと覗き込んできた。

「みーつけた」

 みーつかった。結構楽しいかもしれない。
 這い出たあとに見上げてみても、秀一さんはいつもと変わらず、あの靴を履いているとは到底思えない、しらっとした顔をしていた。


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