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 とんとん、と肩を叩かれて意識が浮上した。
 パチッと目を開ければ、シャツにジャケットにニット帽に全身黒でキメた姿の秀一さん。

「おはよう」
「お、おはよ、です」

 相変わらず顔は怖いのでいきなり目の前にくるとひゃっとはなるけども、それを抑えるのはほんのちょっぴり慣れた。大丈夫大丈夫、怖いのは顔だけ。いや我ながらめちゃ失礼だなごめんなさい。
 その目の下には今日も今日とて濃い隈がある。昨日は頑張って声を掛けたらベッドに横になってくれて、それからしばらくは男の人とひとつの布団に入っているという事実に緊張していたものの、ちょっぴり気を抜いた隙にすこんと寝てしまった。どうにもこの体はすぐ眠たくなるし、眠たくなってからが早いのだ。
 そんな感じで秀一さんが寝ているところを見ていない。寝言や寝相がひどいつもりはないけど、ちゃんと眠れたんだろうか。

「起きれるか」

 頷いたらひょいっと抱かれて、洗面所に連れて行かれた。どう頑張ってぴょんぴょんしても台に届かないので、秀一さんに体を持ち上げてもらう必要があるのだ。
 じゃばーっと顔を洗って軽くうがいをすると、またリビングへ戻って、既にクッションの敷かれていたダイニングチェアにおろされる。
 そのクッションで思い出してソファを見ると、なんとあの染みは跡形もなく消えていた。
 あんなにしっかりばっちり付いているのを確認していたのだ、夢マボロシでしたってことはあるまい。どうやら秀一さんが夜か朝かに綺麗にしてくれたらしい。す、すごい。魔法使い? びゅーんひょいっとやったの? それ浮くやつか。

 魔法使い秀一さんはわざわざ自分のぶんまで用意して向かいに座り、朝ごはんを一緒に食べてくれた。昨日に引き続きシリアルだ。
 昨晩のカレーはまだ残っているようだったけれど、流石に朝からカレーはしないらしい。普段朝を食べないという秀一さんが朝カレーなんてキメたら胃もたれ胸やけしちゃいそうだ。秀一さんはダイエットする必要もなさそうだし。
 朝食としてあんまりスタンダードではないから当たり前だとは思いつつも、ほんの少しだけ残念だったり。


「今日は仕事があるから、その仕事をするための場所に行く」

 食後の歯磨きまで済ませると、真面目な調子でそう言われた。
 なるほどまたお留守番かあと頷いたら、秀一さんは更に続ける。

「お利口にしていろ――とは、言わなくても良さそうだな。俺の仕事とは別にやってもらうことがいくつかある。それが済めば後は好きにして構わん。話は通してある。絵本を読むなりそこらを見て回るなり、なんなら寝ていてもいい。あまり相手はしてやれんと思うが、今のところ出るような案件はないし、まあ大丈夫だろう」

 おや?
 どうにもなんだか思ってる話と違うぞ、と首を傾げたのを、秀一さんの発言に対するものだと取られたらしい。秀一さんが少しだけ口角を上げる。

「“外回り”もある仕事でね」

 苦笑したようにそう言って、わたしに服を着替えるよう促した。
 まさかのわたしも一緒に出勤するという話だったようである。

 全身真っ黒で、レザージャケットやニット帽を身につけた、体に物騒な傷のある、強面のお兄さんがやる仕事とその職場とは。外回りってショバ代の回収とか? 行くのは組の事務所?
 も、もしヤクザの巣窟だったとしてもお行儀よくお利口にしてればきっとすぐさま指詰め展開にはならないはず……秀一さんが大丈夫というのだから大丈夫大丈夫……。
 ドキドキしながらも、そう自分に言い聞かせた。心の準備はいいか、わたしは一応出来てる。


 わたしはうさぎさんを抱っこ。そのわたしを秀一さんが抱っこ。秀一さん自身は初日と同様手ぶらで、腕にひっかけた紙袋には絵本。
 そんな恰好でたどり着いたのは、背の高いビルの中の、小奇麗な、一見普通のオフィスのようなフロアだった。
 エレベーターを下りてすぐ、フロアの入り口らしきところの壁には、社名らしいロゴがが大きく描かれていた。
 青くて丸いエンブレムと、すこし長い英語。

 “Federal Bureau of Investigation”

 えふ……えっ? ん?
 二度見も出来ないうちに、秀一さんはエントランスをさっと通り過ぎる。
 ガラス戸を開けて中へ入ると、近くの棚のそばに立っていた人が、こちらを向いて軽く手を上げた。

「あら、おはよう、“しゅーたん”」

 ジョディさんだ。
 いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言うジョディさんのジャケットの胸ポケットには、首にかけた紐と繋がる、IDカードケースのようなものが挟んで吊るされていた。
 カードには名前よりも大きく目立つ英字がある。太いゴシックで三文字――

 “FBI”

 え、えふ……えぶびーあい!?


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