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赤井秀一が何かを調べている。 しかもそれは今までとどこか毛色が違うらしい。 追っていた案件を済ませて戻ったとき、オフィスの同僚たちの間にはそんな話題が上がっていた。 もしかすると、あの組織の件で、また何かあったのだろうか。 そう思って彼の姿を探すと、シュウは別のユニットに所属する捜査官のもとにいた。薄い茶髪にスーツを着た男は、私はあまり関わりないが、確かサイバー関係の担当だったはずだ。 シュウは彼のデスクに手をついて、パソコンのモニターを覗き込んでいる。 「シュウ」 呼びかければ、少しだけ首を動かして、殆ど目だけでこちらを見た。 返事もしないのは相変わらずだ。 「何かあったの?」 少しの間のあと、シュウは茶髪の捜査官の体の前へ手を伸ばすと、キーボードの手前に置かれていた紙を摘んで、私の眼前にぴらりと翳した。 写真。 映っていたのは物心ついたばかりほどに見える女の子どもだった。アジア人の血が入っているようだから余計に幼く見えるのかもしれないが、少なくとも親の庇護が要りそうな子どもであることには間違いなかった。 額を晒して横に分けた前髪に、肩にかかるくらいの黒髪。純粋なアジア人に見えないのは肌と瞳の色味のせいだ。目元が垂れているのは元々の造形としてだろうが、眉は撮影の状況によるもののよう。 ――どこかで見たことのある顔つきに見える。 そう、ついこの前まで、私達が海を渡ってまで取り掛かった事件の捜査で。 他国の捜査機関と手を組まなくては打倒しえなかったほどの凶悪犯罪組織の、重要人物、に、似ている気がする。 「この子供の身元を調べている。何か知っているか」 「いえ……もしかして、例の組織と……?」 「今のところはそういった繋がりは確認出来ていない」 「――それどころか、全く出てきませんよ。ストリートチルドレンにしろ、これだけ詳しく調査を行えば血縁の一人や二人、産院や乳幼児の頃世話した人間、“友だち”なり目撃者なり、何かしら出て来るはずですけどね」 茶髪の捜査官はくるりとチェアを回して私の方へ向き、まるで急に降って湧いたみたいです、と肩を竦める。 「そんな状態ですので、とにかくこの数日の足取りが追えないか、付近の防犯カメラや車載カメラを見て回ろうと」 「そもそも、いつ、どこで見つけたのよ、この子」 シュウの手から取り上げた写真は、比較的新しく、何なら今日印刷されたかのように綺麗だ。画質も近頃の撮影機器でのものらしいことが伺える高さ。 「昨夜――というより、今日の、深夜だな。ハーレムの百三十丁目にいた」 「ああ、こないだの犯罪組織の重要参考人が潜伏してるって噂のあった――って」 よくよく見れば、子どもの背後に写り込んだソファにも見覚えがある。 「ちょっと待って」 私の記憶が確かなら、それは数年前に私が選んでやったもの――というより、私が自分のために買わせたもので、私も座ったことのあるものだ。 「この子、今どこにいるの?」 「俺の家」 「一人で?」 「そうだが」 「いつから」 「朝八時から」 反射的に時計を見上げた。既に数時間経っている。 思わず飛び出た掌は、目標を掠りもしなかった。 平手打ちをまるで舞い落ちる木の葉でも避けるかのように悠々と身を躱した男は、先ほどと変わらぬ表情ではいるものの、急に一体どうしたんだこの女とでも言いたげだ。 「なんで置いてきてんの!」 「いくらか様子は見たが、大人しい子供だ。勝手に出歩いたりするタイプじゃない。触れて危険なものもないと確認している」 「幼児を一人放ったらかしていいわけないでしょ!」 「……連れ歩くわけにもいかん」 「連れ歩きなさいよ! あんたはあの呑気な潜伏生活で何を学んだのよ!」 「生煮えの煮物はまずい」 「いまそーいうのは求めてない!」 普段からあんたはユーモア欠乏症だわとか威圧感があるんだからもうちょっと場を和ませるようにしなさいみたいなことは言っていたが、このタイミングでやられたところで煽られてるようにしか思えないし、そういうつもりで言ってるのでなければ尚の事たちが悪い。 「違う、子どもについて! この子ご飯は!?」 「作り置いている」 「どーせまた煮込み料理でしょ!」 元々目的のためならば容易く規範や倫理も度外視の策を講じるようなところのある男で、それを言ったら私だって例の組織についてはなりふりを構わなかったから似たようなものなのだけれど、それにしたってまさかそんなことをするなんて。 「ちょっと、もう今日は切り上げて帰るわよ! ――そういうわけだから何かわかったらメッセージ送ってちょうだいね」 「は、はい……わかりました」 やや狼狽えた茶髪の捜査官に軽く謝って、不本意そうなシュウを引きずりながら上司に早引けする電話をし、車のキーをジャケットから引っ張り出して彼の車を運転して帰った。どうせこの彼のことだからろくなものがないだろうと、途中のスーパーで食材も買い足してから。 そうして上がり込んだ彼のアパートメント、場所は違えど以前と同様相変わらず小奇麗ながら味気もくそもない、玄関と廊下の向こう。リビングに使っているらしい部屋を見回しても、がらんとして留守宅の様相だった。 「いないじゃない、もしかして出てっちゃったんじゃないの?」 棘を含ませながらそう言うと、シュウは面倒くさそうにソファを指差した。例のソファだ。 子どもはその影から、おずおずと顔を見せた。眉を下げ、やや伏し目がちに私を見て、それからシュウへ視線を移すと小さく肩を揺らした。 なるほど、写真のあの表情は、撮影者――シュウに向けたものだというわけ。 |