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 真純さんが足を踏み入れたのは、前に秀一さんと行ったところに似ている公園……と思うのは、ビルの聳え立つ街なかにあって木がもさもさ生えているというわたしのとんでもなく大雑把な認識のせいで、本当は結構違うんだろうけれど、それはとりあえず置いておいて。
 目指していたのは公園自体というよりも、入り口を過ぎてしばらく歩いた先だったらしい。
 階段を設け幾分低くなったそこを区切るようにして立つ背の低い柵には、柵と同じ黒の看板に、白字でなにやら記されている。

「ぷれ、ぐらうんど」
「そうよ、あたり」

 すかさず褒めてくれたのがメアリーさんだ。

「へえ、読めたな」

 真純さんにも、一ミリくらい見直したよってな調子で言われて、ちょっぴり嬉しくなる。微々たるものにせよ、日々のべんきょーが着実に身についている証拠だ。いやめちゃくちゃ簡単な単語なんだけども。
 木々の緑やねずみ色の石畳といった落ち着いた色調から少し様相が異なり、ポップでカラフルな景色が広がっていた。
 黄色や赤も交えた大きめのタイルが規則的に並ぶ、ジェイムズさんの部屋の隅にあったジョイントマットのような地面。滑り台や鉄棒や、よくわからないやじろべえのような遊具に動物を模した像。それらを取り囲むひょうたん形、にもどこかしらなっているのではと思われる、くねくねとした外周に沿って、カーブをえがきながらベンチが備え付けられている。
 全体的には縦長の作りであるらしい。奥の方にもまだ遊具や、恐らく砂場らしきエリアがあるのが見える。普段ならば手前の遊具で視界を遮られさっぱり目に入らなかっただろう。
 遊具や砂場で遊んでいるのは、わたしよりも小さい子からずっと大きい子までさまざま。その子たちと一緒に遊ぶ大人も多い。お母さんばかりかと思いきやお父さんもちらほらどころじゃなくいる。曜日の感覚がイマイチあやふやなのではっきりとは言えないが、秀一さんは今日も仕事に行ったので多分平日のはずだ。カレンダー休じゃない人が多いんだろうか。外周のベンチに座って見守っているような大人もいるものの、子どもと遊ぶ大人との比率は半々くらいで、なんだか物珍しく感じる。

 真純さんは、入り口からすこし脇に避けたところで、わたしをひょいっとおろしてくれた。

「なんか懐かしいな。ボクもママと二番目の兄とよく行ったよ」
「にばんめ」
「聞いてない? 秀吉兄」

 メアリーさんの発言からなんとなく二人以外にもきょうだい≠ェいるんだろうなとは思っていたけれど、しゅーきち、というお兄さんらしい。上はイチなのにジじゃないんだな。もし秀一さんと同じ字でキチが吉ならどこぞの天下人っぽい名前だ。メアリーさんかお父さんかが歴史好きだったりして。

「秀兄ってば、ボクにも吉兄にも言ってないんだな……らしいと言えば、らしいけど」

 はあ、とわかりやすい溜息をついて、真純さんが苦笑する。

「……えと、じゃあ、ぱぱとも?」

 柔らかな笑みに気が緩んでウッカリそんなことを聞いてしまったばかりにか、途端真純さんは、それまで緩めていた口角を引き締めてしまう。怒ってはいないだろうが、快く思っているわけでもない、といったふうの顔だ。ちょっぴり地雷だったのかもしれない。
 謝るのは早いに越したことはない。あの、と上げたわたしの声に、真純さんがかぶせるように、さっきよりはほんの僅かに硬い声で言った。

「その頃秀兄はもうこっち≠ウ」

 こっち、こっち……?
 すぐにはピンとこなくて首を傾げたわたしを見下ろして、真純さんは、眉根を寄せたかと思うと、ふっとほどいて、軽く息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。なんだか気が抜けたというか呆れたというか、そんな感じの表情に見えるような。

「ボクが小さい頃――物心着く前も、後も――秀兄はウチにはいなかったんだ。わざわざ海を渡ってこっちの学校に通って、そのままこっちで仕事を始めちゃった」
「うみ……」

 なるほど、そういえばメアリーさんはイギリス人なのだった。こちらでは、なんて話をしていたし、元々アメリカのに住んでいたわけではないのか。そしてこれまでの話ぶり的に二番目の兄さんも今一緒にいるわけじゃないんだろう。
 家族が海の向こうの外国に散っている、というのは、わたしにはなんだか不思議な話に思える。いろんな家庭の形があるんだなあ、なんてちょっと学んだ気分。

「ボクと秀兄が初めて会ったのはボクがこのくらいのとき。今のきみより大っきかったんだよ」

 そう言って、真純さんはこれくらい、甲を上向きにした手のひらを水平に、わたしの頭のひとつぶんちょっとくらい上でひらひらと示した。
 それって何歳くらいの子の大きさなんだろう。自分のことも定かでなければ平均も知らないし、そもそも目算で何センチという感覚も自分のことだからアテにならない。
 どう反応して良いものやら、相槌に迷って、ははあーっと曖昧な返ししか出来ない。

「秀兄って、かっこいいけどさ、そういうとこあるんだよな。きみ、ボクらが来るまで、ボクやママの話聞いたことあるか?」
「え、えと……」
「吉兄の事も知らなかったんだろ?」
「ちょ、ちょびっと……」
「ウソだあ」

 ウソです。メアリーさんもウソねって顔をしている。
 多分全然なかったと思う。メアリーさん真純さんが来た時心底びっくりしたしなんなら怖かった。

「元々の目的≠烽ったうえに、仕事なんて大義名分得たらますますそっちにのめり込んで行っちゃって、手紙をくれたり電話をすることはあっても、なかなか会いになって来てくれなかったし、会いに行ったら帰されちゃうし……とにかく、そんなだからさ、一緒に公園で遊んだことなんてないんだよ」
「そ、そなの……」
「そうなの」

 わたしのおろっとした雰囲気をふんわり真似されてしまってちょっぴり恥ずかしい。でもまたくすりと笑ってもらえた。
 言葉面だけだと愚痴のようでもあるけども、秀一さんの話をする真純さんは、表情も口調もどこか嬉しげで優しい。なんだかんだとその海を渡った≠ニころまでところまではるばる会いに来て、わたしの相手までしてくれるのだ。嫌な気持ちしかなければできないはずである。
 容姿もだけれど、そういうところもメアリーさんと似ている気がする。


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