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ちょっぴり気まずい……わたしにとってはだいぶ気まずい帰り方をしていったので、もしかしたらもうあんまり会うことはないのかも、と、残念なような、ちょっとホッとしたような気持ちを混じえたわたしの予想を裏切って、真純さんはあれから数日後に、前回のことなんてすっかり忘れましたみたいな顔をして再度ひょっこりと姿を表した。 しかもそれから、日を置きつつ、時折置かずに連日、しばしば秀一さんがいない時間帯に訪れるようになったのだ。 メアリーさんとお喋りをし、わたしの絵本をパラパラめくったり、クレヨンを手にとって軽くお絵かきをしてみたり、先生を小突いたり揉んだり、隣で謎の子供向けアニメを眺めたり、時にはこちらをちらりとも見ず、ただソファやチェアに座ってスマホを弄っていたり。 相変わらず読みづらい表情に加え、わたしに対しては言葉少ななので、なにを考えて、どう思ってのことなのか、わたしはどうしたらいいのかサッパリ分からない。 あんまり好かれていないのではという、わりとけっこうありうる不安もあって、ちょっぴり怖くて話しかけられるたび見つめられるたび、どこぞのビビリのワンワンよろしくビクビクしてしまう。そういう臆病者丸出しの態度も機嫌を損ねる……とまではいかないものの、うまく好意を持ってもらえない要素な気がする。 自信なさげで卑屈な態度に苛つく人は多いと思う。しかし性分を頑張りで覆すのはなかなか難しい。それに、なんというかこう、えふびーあいの人たちは言わずもがな、秀一さんも意図して優しく振る舞ってくれるし、工藤さんは若いけれどどちらかといえばヤレヤレ系で柔らかな態度だし、こういうちょっぴりオラオラ系の男の人というのが周りにあんまりいなくて、慣れなくておっかなびっくり、勝手に気圧されてしまう。 距離を測りかねてドキドキ過ごし、二週間ほどが過ぎた、ある日のこと。 「なあ、飽きないか?」 ヘァッと変な声が出てしまった。 眼の前にしゃがみこんで頬杖をついた真純さんが、わたしをじっと見つめながら、急にそう問いかけてきたのだ。 これまたどういう意図で聞かれたのか分からない。表情からも声色からも、マイナスプラスどっちの答えを求めているんだろうというぼんやりした雰囲気さえ掴めなくて、言葉に詰まってしまう。 「えと……」 「秀兄に家から出るなって言われてる?」 「えっ、う、ううん……それは、とくに……」 「なら君、外が嫌なのか?」 「う……そ、そうでも……」 今日も今日とて辛めのジャケットにジーパン、鋭い眼差しにすぱりとした物言い。ついつい視線はそろーっと下に逸れ、声は萎み、とっても落ち着かなくなってしまう。 落ちきった視線が自分の足を捉えるのではといったところで、ぱっと浮遊感とともに視界が動いた。床に座り込んでいたわたしを立たせるよう、真純さんが脇下に手を差し込んで体を掴み引っ張り上げたのだ。 「じゃあ、遊びに行こうよ」 と言って。 「ずっと家にこもりっぱなしもつまんないだろ。体にもよくないぞ。日光浴びなきゃ。そんな風にしてたら――分かるものも分かんないしさ」 「真純、お前も聞いてるだろう」 すかさず飛んできたメアリーさんの冷静な声に、真純さんはすくりと立ち、掌を伸ばしたまま腕を上げ、何やらファイティングポーズのような姿勢を取って答えた。 「ママこそ聞いてるだろ? ボクの戦いっぷりを」 「相手が良かったんだ。お前はまだ甘い。私にすら及ばんだろう」 「二人がいれば大丈夫ってことだ」 「……」 「何? ママは行かないの?」 「……ありすに聞きなさい」 眉間に指先を軽く当て、メアリーさんがため息をつく。 行くよな、とちょっぴり怖いお兄さんに問われてはいかYES以外の答えを言えるありすちゃんがこの世にいるとお思いですか。呆れた目で見るのよして先生。 メアリーさんもなんとも言えない目をしていたけれども、チェアから立ち上がって背にかけていた上着を羽織り、ソファの端に置いていたカバンを手に取った。とってもお出かけモード。 「キュロットにしなよ。それじゃ動きづらいだろ」 真純さんがほんのりゴキゲンな調子でわたしに言う。どれだけ動く予定になってるんだろう。う、ウン、はい、YES……と頷いたわたしを、メアリーさんが寝室に誘導して着替えさせてくれた。 「いやじゃない?」 こっそり、ひそめた声で問われて、ちょっぴり悩んだけども、首を振った。振ってから、いやじゃないの意なのかいやの意なのか分からないかもと気づいて、「いく」と慌てて付け足す。 真純さんなりの譲歩や歩み寄りで、ビビリ挽回のチャンスかもしれない。秀一さんやメアリーさんは気にしなくていいと言うけど、嫌なら追い返すなんて過激なことまで言われたけれども、やっぱり出来れば仲良くなりたいのである。そういう気持ちは一応あったのである。ホントである。ウソでないある。あめりか人ウソつかない。 怖いと嫌いは別物だ。怖いけど、わたしが一方的に怖がっているだけで、真純さんはイヤな人ではないのだ。 「……わかったわ、今は。私もいるし、これがあることは、ちゃんと覚えてなさいね」 メアリーさんは眉を下げて、秀一さんのくれたハート型の通信機を撫でた。 |