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 脳内でこっそりひっそり繰り広げられる猛省大会は、玄関から響いた音でぶつりと途切れた。
 ――かちゃん、と。

「!」

 朝にも聞いた、いつもはあの腕の中で聞く、鍵の回る音。
 直後にとんと、背を押される感触がした。

「嬉しい時は素直に表したほうがいい。――飛びついてらっしゃい、秀一も喜ぶわ」

 そのひと押しで、いままでそわついていた気持ちを繋ぎ止めていた紐が切れてしまったみたいに、体が自然と駆け出した。
 玄関まではあっという間で、それでも秀一さんは既に内鍵も閉めて靴を脱いでいるところだった。その姿をみとめて、足は急くように動く。
 あと五歩、四歩、三歩――、

「あ」

 ちゃんと目の前で止まるつもりが、ここだと思ったときに体が止まってくれず、その勢いのまま秀一さんの足にぶつかってしまった。

「……」
「……」

 わたしの体の小ささと、秀一さんの足の長さと、サイズの違いが相まってまるでベンケイタックルをかましたかのよう。
 違うんです攻撃のつもりはなかったんですとごまかすように友愛のハグをして、そろそろっと見上げてみたところ、痛そうにはしていないけれど、なんだかちょっぴりいつもと違う表情をしているような。

「あっ、あの……お、おかえり、なさ……ぱぱ」

 秀一さんが、ゆっくりと瞬く。
 持っていた紙袋を壁際に置き、わたしの脇を掴んでひょいっと抱き上げた。ぽすっといつもの調子で腕に座る形におさまったわたしの顔を覗くようにして軽く首を傾げる。
 そして、

「……ああ、ただいま。ありす」

 眉を小さく下げ、頬を緩めて、そう言ってくれた。耳から入り込んで頭を巡ったその言葉に、じんわり体があったまる心地がする。へへっと変な笑いが漏れてしまった。
 なんだか今、なかなか家族っぽいのではなかろーか。

「×××××××」

 いつの間にかやってきていたメアリーさんが、なにやら聞いたことのあるようなないような言葉とともに、秀一さんの肩をぽんと叩いた。

「それじゃあ、ありす。私はこれで」
「え、めあたん、ごはん……」
「今日は真純と食べるって約束なの」

 「また」とわたしにぴらぴら手を振って、秀一さんに更に英語で何かを告げ、メアリーさんはさくっと帰っていってしまった。
 挨拶とお礼を言い損ねたと気づいたのは、その背を静かに見送った秀一さんが、さっき置いた紙袋を拾ってリビングへと歩を進めたときだった。あまりにもウカツ。


 ごはんを食べて、お風呂に入って、一段落というところで、秀一さんは例の紙袋の中身を、わたしの座るソファのそばのサイドテーブルに広げてみせてくれた。

「これ……」

 掌くらいの、カラフルなラッピングのされた小袋たち。見たことのある柄もちらほら。お菓子だ。

「これはジョディから、こっちはジェイムズ、隣がクリス、キャメル、ニック、リタ――」

 秀一さんが指差しとともに挙げていったのは、えふびーあいでいつもわたしにお菓子をくれる人たちの名前だ。
 つまり。

「わたし、に?」
「ああ。――それからこれは、降谷君」

 ころん、というよりは、こつ、という感じで、最後に置かれたのは、他のものより一回り二回りくらい大きい、紙の箱だった。
 オレンジや赤、黄色と、彩度の高くカラフルな色。どうやらみかんやりんご、バナナなんかのフルーツがかわいらしくデフォルメされて柄として散りばめられているらしい。何かの包装紙みたいだ。
 上下に噛み合った二つの箱から出来ているようで、上の方には蛇腹に折られた紙が背びれのように山形に立って中央から四方に広がっている。紙は裏表で色が違うようで、ジグザグになった折返しの部分からのぞく裏の色が綺麗に柄を引き立てていて、なんだかスカートやリボンのようだ。

「こ、これ……」
「彼が作ったものだ。そこらの紙を使ってたった数分で」

 器用なものだな、と感心するように秀一さんが言った。
 反射でぶんぶん頷いた。飴ちゃんの小袋よりは大きいとはいえ、わたしの手にもおさまるようなサイズの箱なのに、こんなに細かく綺麗に折れるってすごくないですか先生。
 上のひらひらをは潰してしまいそうで怖かったので、側面を持ってそーっと開けると、中には飴ちゃんが二つと、その上に小さな紙が載っていた。
 “ありすちゃんへ れいより”
 あわば〜っとうっかり変な鳴き声をあげそうになった。なんとか耐えた。たぶん今のわたしの顔は気持ち悪いだろう。見ないでパパ。先生もやめて。
 飴ちゃんは日本のもののようで、包装に日本語でなぞなぞが書かれていた。“はをなおすのが とくいなどうぶつは?”、うーん難問。なんちゃって多分そうだろうという予想はちゃんとあります。嘘じゃないです。
 中央の接着部分に答えが書いてあるに違いない、めくるかめくるまいかと考えていたら、秀一さんがもう一つをつまみ上げて、ほう、と小さく漏らした。

「消火器か」
「あっ!」

 それ答えなのでは。
 秀一さんはきょとりとわたしを見て、一拍あとに眉を下げた。

「すまない」
「う、ううん、ぜんぜん……」 


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