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 おしゃべりは秀一さんの話題から関連するものにちょろちょろと寄り道をして続き、その中で、メアリーさんは、これまでわたしがどんな風に暮らしていたのかもやわりと聞いてきた。
 これまでと言っても、わたしがちゃんと覚えているのはここに来てからのことばかりなのだけれど、それでも構わないようで、メアリーさんはわたしのへたくそな話にさも興味深そうなリアクションをしながら耳を傾けてくれた。
 毎日秀一さんが起こしてくれることや、顔を洗う時に抱えてくれること、洗った後にタオルを差し出すタイミングが絶妙なこと、朝ごはんを一緒に食べてくれること、わたしの手元がおろそかすぎてぼろぼろとこぼれちゃう惨事の片付けをしてくれること、秀一さんが食後の一服をする間哀さんにもらった鏡とブラシで髪を梳くこと、先生ともども抱えられてえふびーあいに行くこと、その道のりが相変わらずさっぱり覚えられないこと、えふびーあいの人たちが優しいこと、お菓子をもらったり一緒に遊んだりすること、お昼を一緒に食べること、帰りのスーパーの買い物で内心こっそり夕飯推理をしてるけれど全然当たらないこと、秀一さんの洗髪テクがめきめき上がってきてる気がすること、夜、一人で布団にいるとなかなか眠れないのに、秀一さんが入ってわたしの背をぽんぽんするとびっくりするほどすこんと寝てしまうこと――。
 なんだか自分でもびっくりするぐらい色々話した気がする。
 とろとろとしたペースで、つっかえつっかえ、言葉を探しながらなのに、メアリーさんはそれにほどよいペースで相槌を打ち、わたしがうまく表せずにもだついたり言いたいことを見失ったりすると、もしやおぬしこういうことかとずばり言い当ててくれるのだ。我ながらなかなかの支離滅裂っぷりだと感心するほどの残念トークにもそうなので、開心術や透視能力を持っていると言われればまるっと信じるし全力で納得すると思う。

 お昼になって、メアリーさんが作ってくれたのは、なんとチャーハンである。なんでも日本にいたころ、とあるラーメン屋さんのものをよく下の子さんと食べていて、それが美味しかったので味を寄せたのだとか。
 その味付けはというと、なんとも形容しがたい仕上がりだ。なんというかこう、ちょっとだいぶ男らしさを感じる大胆さをベースにしつつ、妙にくせになりそうなところがあるというか。

「たくみのわざ……」
「そう?」

 貧相な語彙畑からどうにかこうにか引き抜いたなけなしのコメントだったけれど、メアリーさんは殊の外嬉しそうに口端を上げてくれたのでもーまんたいということにしておこう。


 食べ終えたら片付けまでしてくれたメアリーさんにお礼を言い、午前と同様おしゃべりをしたり、ちょっぴりテレビを見たり、二人でお絵かきをしたり。メアリーさんは紅茶、わたしはジュースと一緒におやつも食べた。
 おやつからしばらくまではそんな調子でとことこと進んでいった時間も、次第に動きが鈍く感じられるようになっていく。
 きっともうすぐ。
 そう一度思い至って意識してしまうと、頭の中にはそれがずっとぐるぐる回って、ちらちらと、どうしても見上げてしまう。
 そんなわたしの所作にエスパーメアリーさんが気づかないわけはない。

「そろそろ?」

 わたしの視線を追って一往復で、メアリーさんはそう聞いた。散々あれこれと話しているし、もはや何を考えているのかお見通しって感じである。

「あの……はやいと、もすぐ」
「時計も読めるのね」
「ち、ちょっと……」

 たしなみ程度に……。
 へへっと笑って見せたら、メアリーさんはほんのちょっぴり考える素振りをして、もう一度時計を見遣ったあと、わたしの方を向き、ちいさく首を傾げた。

「いつもビュロウのビルを出るのは何時くらい?」
「えと、ごじ、ちょっと……」
「家につくのは?」
「さんじゅっぷん、だったり……よんじゅっぷん、すぎたり」
「なるほど。もし三十分で帰ってくるなら、秀一はあと何分で玄関を開けると思う?」
「えっ、えと、じゅっぷん…」
「××××××××!」
「?」

 うぇるだん?
 急にお肉の話ですかそんなわけないですかときょどきょどしかけたわたしの肩を軽くぎゅっと抱き、メアリーさんは目を細めて「上出来だ」と言った。どうやら褒め言葉だったようである。

「もう時間の数え方もわかるなんて」

 へへ……それほどでも〜なんてよいしょっと調子に乗りそうなわたしを、メアリーさんは突き落とすことなく生暖かい目で見守ってくれるもんで、ついついようかん度が加速してしまいそうだ。気をつけないといけない。

「それじゃあ、サマータイムも知ってる?」
「さま……なつ?」
「こちらではデイライトセービングタイムと言うべきかしら。季節によって数える時間が少しずれるって話」

 へあ、と反射で変な声が出た。それでちんぷんかんぷんだってことは伝わったらしい。

「さすがにまだだったか――夏と冬では、おひさまが登る時間と沈む時間が違うでしょう?」
「あ、なつが、でるの、はやい……」
「そう、よく知ってるわね、×××××××××。例えば夏の朝の六時は、冬の朝の七時くらい明るかったりする」
「う、うん」
「それならいっそ時計の針をちょっと動かして、六時を七時ということにしてしまいましょうって決めちゃったの」
「じゃあいま……」
「そうね、冬なら四時すぎ」

 日本にはなかったはずなのでどうにも馴染みがなくてピンとは来ないのだけれど、なんだか聞いたことはある気がする。それで時差がちょっと変わっちゃうやつだ。

「なんでも明るいうちに済ませたほうが良いし、一日のやることを早めに始めればあまりの時間も増えるだろう、ってことらしいけれど、まあちょっと問題もあるから、良い事ずくめとは言えないシステムね」

 うーん、今日から一時間時計を早めますよと言われても、わたしだったらうっかり忘れて昨日までと同じように動いてしまいそうだし、なんだか頭と体で混乱してしまいそうだ。
 そしてたぶん、日の出が早くなろうが遅くなろうが、どっちにしろ日の光に合わせて起きることはできなさそうである。秀一さんに起こしてもらわなければいつまで経っても寝てる自信しかない。寝坊記録もすでにあるし、事実まったく出来ていないありすなのであった。先生も盛大な同意とばかりに瞳を光らせた気がする。


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