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ミーティング後、部下たちと連れ立って現場へ向かった降谷を見送ると、シュウは私にちらりと視線を寄越した。 同僚たちが散っていく中彼が動くのを待ってしばらく、彼らの姿が消え気配がなくなったところでようやく席を立ち会議室を出て歩きはじめたその背を追う。シュウは私が来たのを目の端で確認し、抱えていたファイルの間から一枚の写真を取り出して私に手渡してきた。 「これって」 見覚えのある絵面。 それもそのはずだ。これは以前、私のチームが担当する案件の手がかりになるのではと挙げられていた多数の画像データの内の一枚だ。結局は映りが悪い上にどちらも特定することが出来ず、他に有力な情報もあってあまり重要度の高くないものだと判断されたものである。 「箱の中に留まりすぎたなジョディ」 こいつはチャーリーだ、と言われた。写真の中、犯罪者と思しき男と並び立つ、ワイシャツ姿の男の背を指さして。 チャーリーといえば、課が違うものの、しばしばシュウと共に仕事をすることもあるのか彼の元へ会いにやってくる、容姿も人柄もいい捜査官のひとりだ。私も会えば話すし、こちらのチームに有用そうな情報があれば惜しみなく教えてくれ、それが役立って感謝したことが何度もある。この写真に映っているのはそいつでは、と言われていた、例の組織の男を引き入れた男だって、チャーリーの言が捕らえるにあたっての助けの一つになったのだ。 そんなまさか、という私の思いを拭うかのようにシュウが続けた。 「ここの内部や周辺のカメラ映像を浚ってみたら、当日同様の服装をして映り込んだあいつの姿が確認出来た。あのカフスは専門ブランドの二十五周年記念に作られた数量限定品だ。それにバーニーズのシャツを組み合わせた男が、あの日あの場所に何人いたかな」 「で、でもあの頃って、チャーリーはアールグレンのところにいたんじゃなかったかしら。確かそういう話してたわ」 「ああ、それであの能無しの方にカマを掛けたんだ、“礼状”でな。見事に引っ掛かってくれた」 「だからあいつ、あんなにシュウのこと目の敵にしてたのね」 チャーリーのチームのボスである男とシュウとが反りが合わないらしいことは聞いてはいた。シュウも前々から邪魔をされただの尻拭いをさせられただのと言っていたし、あまり良い思いを抱いてなかったようではあったのだ。近頃向こうの当たりが以前にも増してきつくなってきたように感じていたが、つまりはシュウの方から煽ったことに拠るものだったらしい。 「ありすちゃんが可哀想だわ。とばっちりじゃない」 「……自尊心を傷つけられて憤るのは道理で結構だが、少々面倒な発散の仕方をしてくれた」 シュウがそこまでやるからにはやるだけの価値があって、実際にそれによる収穫もあったらしいが、シュウへの嫌味ついでに威圧され厳しい言葉を掛けられ、挙げ句ジェイムズのオフィスへ避難する羽目になった子どもが哀れだ。 そう咎める声をぶつけてやれば、シュウはやや苦味のある言葉を返した。一応それを申し訳なく思う気持ちはあるらしい。 「でも、よくこの一枚を調べようって気になったわね」 「一度愚痴ったことがあっただろう。……それに、ありすがやたらとあの男の袖口を気にしていてな」 「ありすちゃんが?」 言われて思い返せば私の席に連れてきたとき、子どもはあの写真を見つめていた事があった。その視線を追ったシュウの目に留まったということか。何気ない子どもの興味が功を奏したようだ。 あるいはもしかすると、あの子も同一のものであると認識していたのかもしれない。前知識もなく視覚情報のみをそのまま捉えたからすんなりと結び付けられたという可能性は低くない。 「どうして教えてくれなかったの?」 「信じ切ってるお前にはボロを出すかと思ってな」 「……今話したのは?」 「そろそろ動きがある。“あの男”の姿を見られたのは想定外のことだったろう。そして今回の遺体の状況――」 「やっぱりシュウへ示すためのものだったのかしら。チャーリーなら知ってるはずだし……」 「あいつは逃げ遂せたいと思っているはずだ。火消しに奔走していたし、リカバーの手法的にも荒立てることを目的とはしていない。おそらく“二度目”以降はあいつが意志をもって為したことではない。俺を誘い呼びたがっているのは別だ」 「それって――」 “あの男”なのか。一体どういう関係があって? 疑問を投げかけようとしたとき、 「あら?」 曲がり角から姿を現しそう声を上げたのはクリスだった。シュウを目に留めて不思議そうな表情で小首を傾げる。 「シューイチ、帰ったんじゃなかったの? ありすちゃんは?」 「それはこちらの台詞だ。何故離れている?」 「だって、チャーリーを迎えに寄越したでしょう」 え、と声を上げて目を見開く私に、クリスが怪訝そうにする。彼女も私同様伝えられていなかったのだ。彼女だってチャーリーと親しげに話す姿が幾度も見られたし、彼はシュウにも和やかに話しかけ、シュウも傍目至って普通に応対していた。本当にただの善良な同僚だとしか思っていなかったことだろう。 隣でシュウがさっとポケットからスマートフォンを取り出した。シュウにしては珍しく、わかりやすく眉根を寄せ、画面を睨みつける。 どうやら、チャーリーに付けていたはずのキャメルがアールグレンに捕まり、追跡監視を断念せざるを得ない、という旨のメールが会議の間に来ていたらしい。 ――つまり、ありすちゃんは。 「シュウ――」 それに何を返すこともなく、こちらの視線を拾うこともなく、シュウは片手で忙しなくスマートフォンを操作しながら私にファイルを押し付け、ジェイムズに連絡を、とだけ言って走り去っていった。 |