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「昴さーん」 ハッとして瞬けば、いつのまにかそばにきた少女がこちらを覗き込むようにしていた。俺の視線の先でぴらぴらと手を振っている。 ぱつんとした栗色の髪をカチューシャで止め、おでこの眩しい彼女はたしか、鈴木財閥のお嬢さんだ。園子さんと言ったか。 「どしたの? ボーッとしちゃって。これドル札よね?」 俺が両手で摘んでいたのはジョディが置いていった二十ドル札である。もちろん支払いはちゃんと俺が円で済ませたものの、結局二人して殆ど何も食べずに出てしまった。なかなかな声量で怒鳴られたもんで他の客も何だあいつらとこちらを伺ってもいたしハタ迷惑な客だったろう。多分もうあそこには行けんな。 「ええと……知人のものなんですが……」 「忘れ物?」 「いえ、あの、園子さん、なぜここに?」 呆けながらもカフェからまっすぐ帰ってきたのだ、ここは町中なんかではなく工藤邸のキッチンである。マスクが崩れるほど激しく叩かれたのでなくてよかった。 すわまた事件かと思いきや、園子さんは「あ、そーだ」と言ってテヘペロってな感じに笑う。 「こないだテレビで紹介されたせいか、今日ポアロやったら人多くってさー、あんまりダベってらんないから、こっちでお茶しようと思って」 「すみません、突然お邪魔して……」 園子さんの隣に並んできたのは蘭さんだ。眉を下げて申し訳なさそうに肩を竦めている。彼女は住人から合鍵を預けられているし入ることを許されているのだから、ただの居候の俺に断らなくてもいいんだけども。 「いいだろ、どうせこの人暇そうだし」 更には彼女たちを追うよう、女子高生探偵が頭の後ろで腕を組みながらゆったり歩いてやってきた。すっかり三人マブダチのようである。 世良さん、と蘭さんが窘めるような声を出すが、まああながち間違いじゃない。 「ええ、その通りです。――では紅茶を淹れましょうか。お茶請けもパウンドケーキならありますよ」 「やったー! ありがと昴さん!」 それが狙いだったらしい。わかりやすくゴキゲンアピールをするさまが清々しい。女の子は甘いものが大好きなのだというのは都市伝説ではなかったようだ。 「それで、昴さん、何かあったの?」 一緒にお茶しましょとの誘いに乗って少女たちとリビングのテーブルを囲み、お菓子をつつき茶を飲み相変わらずまあまあの出来とのお言葉を頂き、一頻り女子高生ならではの他愛ない話に耳を傾けた後、園子さんは追加で出した有希子さんのアメリカ土産クッキーをもすもす食べながらそう聞いてきた。 「何か、というと……」 「なんか元気ないじゃん?」 「あ、そうですね、ちょっと落ち込んでるみたいな……」 「元々多い方じゃないみたいだけど、今日あんたえらく言葉少ないしね」 蘭さんは控えめに摘みながら、女子高生探偵は思いっきり頬張りながら、園子さんの言葉に同意した。やはり女性は諸々の機微に敏いようである。 困ったことに、思い当たる節がないわけではないどころか無視できないほどあるのだ。さすがの俺でも。 「…………その、知人を怒らせてしまったようで……」 「女の人?」 「カノジョだろ」 「あ、もしかしてこの前来てた?」 「いえ、違います。そもそも僕に彼女はいません」 ほんとにい? と少女たちが疑わしそうな目で見てくる。 この見た目ではあるにしろ中身がこれなのを知っていてなんで彼女がいると思うんだ。これほど見事な顔だけ男もいないだろう。その顔も有希子さんが作ったものなので、仮にモテたとしても事実上有希子さんがモテているのと変わらない。 「何の人? 何したの?」 その目に好奇心も多分に混ぜながら、少女たちはやや前のめりになり、吐かざるを得ないような雰囲気を見事に作り上げてくる。 「……ええと、彼女は同僚、というか、研究の仲間で……その、仲間に何も伝えないまま独断で動いた挙句、研究に関わる重大な嘘を付いてしまって」 「ダメじゃないか」 「しかも、彼女はどうも、僕に女性としての好意を持っていてくれていたらしく、それを利用するような形でひどいことを言ってしまって……泣かせてしまいました……」 「うわサイテー」 「ちょっと園子」 ストレートにぐうの音も出ないヒトコト。 |