03

 促され受け取ったのは何の変哲もないA4のコピー用紙だ。他に書き込みや印字はなく、画像一つのみ。

「拳銃……ですよね」
「チョコにでも見える?」
「いえ」
「他には何かないかしら」
「特には……」

 写真の銃はおそらく車のシートに乗せた状態で撮影されていた。ご丁寧に隅に記載されている撮影日時は数日前。
 グロックは制式銃だ。捜査官ならば手にするのは容易く、そう珍しい銃ではないから、単に同種で別個の銃である、という可能性もありえただろう。彼女のこの表情を考慮に加えなければ。

「これ、誰のものだと思う?」
「さあ……ネットの拾い物ですか?」
「Wrong. ――私のよ」

 そう言うと、彼女は少し身を乗り出して俺の手から紙を抜き去り、銃のスライドあたりを指差した。

「シリアルナンバーって知ってるかしら? 銃にもソーシャルセキュリティナンバーみたいに一つ一つ違う番号が振られているのよ。同じ型を使う人の中でも、この番号を持っていたのは私だけ。少なくともある時期まではね」

 装備も限られていたもんだから、捜査官同士で使いまわすこともあったが、確かにそれはジョディがメインで使っていた。
 ナンパのお茶で話すには向かない話題だ。いくらネタに困ろうとこんな話をするぐらいだったら血液型別性格診断だの恋愛心理学だのといった与太話のほうが遥かにマシだろう。

「これは私がある人物に向けたものだわ。その人は銃身を握って止めた上、その場でこれを取り上げた」
「……物騒ですね。生国での話ですか?」
「いいえ、この日本で。ほんの数ヶ月前の話よ」
「銃刀法違反ですよ」
「そうね、私だけじゃなくその人も」

 さらりと言って、注文のケーキとサンドイッチが運ばれてくると、ジョディはコピー用紙をまた元のように折って脇に置いた。

「その人、私に銃を返さないまま、数日後に死んじゃったのよ。でも彼の遺留品から私の銃は出てこなかった」

 フォークで切り分けた一口分をぱくりと含み、頬を緩める。

「そもそもどうして銃を取り上げたのかしら。普通なら危機回避、己の保身のためよね。でも彼の性格から考えれば、私が撃つ意思などないと知ればすぐに返してくるはずなのよ。多分改めて私が撃ったところで、当たるかどうかは彼に撃たれるつもりがあるか否かの問題でしかなかっただろうし」

 コーヒーを吸い上げたストローに赤い跡がつく。それでも彼女の唇は鮮やかなままで笑みを象った。

「今思えば銃を取り上げる前の彼も妙だったわ。会議に遅れてきたり、姿を見せなかったり――私に触れられるのを避けたりして。ねえ、どうしてだと思う?」
「……状況がよくわからないので、何とも……」
「あの銃を私に返してしまっては困ったのよ。握ったのは咄嗟のことで、不本意なことだったの。来日して間もない外国人であった彼は日本に歯科治療の記録なんてなかったし、歯型から身体的特徴や環境要因を特定するにも限度があるわ。見た目で判別できないほど損傷していた彼の遺体の、身元の割り出しに繋がるのは指紋の照合で、唯一“無事にした”右手から採取されるものになる」

 彼女の指がグラスから離れ、今度は指先を濡らしたまま四つ折りの紙を挟んで、俺に見せつけるようぴらりと振った。

「“これ”は不法に持ち込まれたものだから日本警察に渡ることはないにしろ、私が持っていたのでは別のルートから照合を試みられる可能性があった。そうされてはいけなかった」
「……」
「あの銃には、彼の指紋が“ついていなかった”んだもの」

 声色にも表情にも仕草にも、彼女にはただ確信しかなかった。

「そうでしょ?」
「僕に尋ねられても――」
「この上しらばっくれる気なら、証人を呼んであげるわ。あなたが私の銃を託した、私達の上司をね。あなたも弁護人を呼ぶ? こんな全くもって無茶な否認を主張する案件、受任するような人間がいるかは知らないけれど」

 こりゃだめだな、とため息をついた瞬間、彼女の醸す空気がぴりりと張り詰めた。
 それまで余裕を滲ませていた口を引き結び、眉根がぐっと寄る。目を細めて俺をねめつける、その視線が厳しさを増した。
 しまった、と思った頃にはもう遅かった。

「あの時あなた、わかっててあんなこと言ったの? 全部道筋を決めた上で、出来もしないことだと認識した上で? わかっててあんな卑怯な言い方したの? まるきり真摯なように嘯いて、たわ言信じた私に何にも思わなかったの?」
「……ジョディ、その……」

 荒い音を立てて腰を上げ、彼女は俺の席の隣までカツカツと歩み寄り――俺の頬を思いっきりはたいた。

「――あんた、私の、捜査官としての誠意も、女としての好意も、全部踏みにじったんだわ!」

 青い瞳から零れ出たひとしずくが、筋を残して彼女の白い頬をすべり落ちていく。それがひどくゆっくりに見えて、やたらと目に焼き付く。
 彼女はサッと身を翻すとバッグを掴み、財布から取り出した紙幣を叩きつけるようにテーブルへ置いて、そのまま俺を見遣りもせず去っていってしまった。
 しばらく呆けた後、よくよく見てみると、テーブルに乗っていたのは二十ドル札だった。


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