Nanny |
こっちだぞ。 呼んでやればふりむいて、とすとすとついてきた。 そのまま、広いへやのあったかいところへとつれて行ってやると、ぼくの前に、ゆっくりしゃがんですわった。 よし。 その上に、かるく床をけってとびのる。 ながい足をまげて、ぼくがのるばしょを作ったこいつは、トーヤという、ぼくの子分だ。 トーヤは、体は大きいが赤んぼうなのだ。 教えてやらなければ、ねころがるばしょも、あたたかいところも、何にもわからないので、ぼくがめんどうを見てやらなければいけない。 ほんとうは親のレイがやることだけれど、レイは家にいないことが多いのだ。トーヤのためにごはんをさがしに行ったり、なわばりの見回りをしたりしなければならないのだ。 それにしてはいつもとっても時間がかかるから、レイは落ちつきなくおこりんぼうなのに加えて、少しどんくさいのかもしれない。 それはおいといて、とにかく、レイがいない間、トーヤのことを見ていてやるのが、ぼくのやるべきことだ。先に生まれたものの、そして、親分のギムなのだ。 あそび方もぼくが教えたおかげで、さいきんサマになってきた。 かんたんな動きだけれど、タイミングがぜつみょうなのだ。ぼくがとびかかって、ちょうどツメがあたるくらいで、サッとよけてしまう。 ぱたぱた、ぱたぱた。 ……ちょっと楽しくなってしまうが、これはトーヤへのじゅぎょうなのである。 ぱたぱたぱた、ぱたぱたぱた。 …………だいぶ楽しくなってしまうが、トーヤが生きるためにだいじなことを、教えてあげているのである。 しょうはいは五分だ。二回に一回、いいや、三回にニ回はトーヤの手をつかまえてしまえる。ぼくのかちだ。 やっぱり赤んぼうだし、ぼーっとしているから。まだまだこんなのじゃ、外では生きていけないだろう。 ちょっぴりつかれたところで、レイの用意したごはんをそれぞれ食べたあと、休けいすることにして、トーヤのひざにまたのった。 トーヤは何にもできないしわからないけれど、ぼくがねごこちのいいところを見つけるとじっとして、レイみたいにかってに動いたり落っことしたりしないところがいい。 それでこそ子分だ。レイは気がみじかいので、そこはトーヤを見ならうべきだ。 うとうとして、ゆめの中でツナをカン三つぶん、手に入れたところで、ガチャン! と音がした。 レイがいつも出ていくところからだ。でもまだお日さまが出ているので、レイではない。つまり。 「こんにちは、赤井さん」 シンイチだ。 とすとすエンリョなくぼくたちの前にちかづいてきて、トーヤみたいに足をまげてすわる。 レイたちよりは少し小さい体のシンイチは、レイがよんできたやつだ。時々こうしてやってきては、トーヤに色々しゃべりかけてかえっていく。 たぶん、レイにたのまれて、ぼくがあたたかいところやあそびを教えるように、トーヤにコトバを教えているのだろう。赤んぼうのトーヤはまだ、しゃべれないのだ。 「――それで、平次のやつったら、試験の日勘違いしててさ。結局トンボ返りしたけど間に合わなくて、その日の分は〇点。初めて取ったって、あいつの彼女が送ってきた写真、めちゃくちゃ面白い顔してたよ。教授に交渉しに行ったっつってたけどさすがにダメで、素気無く追い払われた仕返しに再試で出題の採点までして大喧嘩になったんだって。大人しくしとけばいいのにね」 シンイチのじゅぎょうはなかなか実をむすばない。トーヤはずっとぼけっとしてぼくを見ていた。 きっと、シンイチたちが使うコトバはぼくのものよりもくるくる舌を回すから、トーヤにはまだむずかしすぎるのだ。コトバもぼくが教えてあげたほうがいいのかもしれない。 教えてやろうか、とトーヤにきくと、シンイチが背中をさわってきた。お前に言ったんじゃない。 「うわ」 がりっと引っかいてやったら、おどろいたように手を引っこめた。にげ方はトーヤよりへたで、ツメはみごとに当たった。 ほらみろ。きょーいくてきしどーだ。 「なんだよ、ご機嫌ナナメ?」 まったく、いつもぼくがいいと言ってないうちや、トーヤに話しかけている時にさわってくるのだ。 シンイチはちょっとレイギがなっていない。レイは先生のえらび方もダメだ。 「もー、スコッチもいい加減慣れてくれてもいいのによ」 シンイチはすねたように、表のほうが赤くすじのようにはれた手をぴらぴらふった。 それから、トーヤにまたしばらくはなしかけて、かえっていった。 くらくなってからもう一度。ガチャン! と音がしたかと思えば、シンイチとはちがう足音がちかづいてきて、このへやのとびらをあけた。 いっしょにへやが明るくなる。くらくても見えないわけではないけれど、こっちのほうがいい。トーヤはこれを覚えるべきだ。 ずっとぼーっとしていたトーヤが立ち上がって、レイの方へあるいて行くので、ぼくは自分のへやにもどることにした。 あとはレイがやるだろう。ぼくだっていそがしいのだ。ごはんをたべたり、毛づくろいをしたり、ツメをといだりしないといけない。 それにぼくとちがって、トーヤは毛づくろいもツメとぎも、レイにしてもらわないといけないのだ。 「ただいま。生きてますね」 それがレイの、かえってきたときの合図だ。立ったままトーヤをだっこするその足元を、すっととおりぬけた。 トーヤもぎゅっとだきついていた。やっぱり赤んぼうだ。親がこいしいのだ。 いくらか時間がたったあと、レイとトーヤの足音が別のへやにむかうのを耳がひろったので、へやを出て、レイとトーヤのねどこへとむかった。 さむがりなレイとトーヤは、ふわふわした布をかぶってねる。その布の、トーヤの入っている方の上にひょいととんでのった。 夜もついていてやらないといけない。レイは落ちつきなくておこりんぼうでどんくさくて、そしてちょっぴりぬけているところがあるのだ。 レイがスヤスヤねているそばで、トーヤがほんの小さく“よなき”をしたら、気づかないことがあるから。 そういうときに、子分をあやしてやるのも、親分のやることなのである。 「……れい」 レイが目をとじてから、あくびを一つ、もう一つ。ねむたくなってきたところで、トーヤのこえがして、それからぼくは布からころがりおちた。 「十夜? 今、呼びましたか?」 レイが急にとびおきたのだ。 なんとかまたとびもどって見たところ、めくれた布の中、レイはちょっぴりあわてたように体をおこして、まだ横になったままのトーヤのかおをさわっていた。 「――はい、零ですよ。どうしたんですか? 不安になった? 声が聞きたくなった? 何かしてほしい? 何でも言って」 「……」 うまくへんじが言えないトーヤを、レイがまたぎゅっとだっこする。 やれやれ、ためいきが出てしまう。 きっと甘えたかったのだろう。トーヤはまだ赤んぼうなのだ。 |
リクエスト - Cage猫視点 / まぐさま ありがとうございます |