06

 ちくしょう、と、確かにそう叫んでいた。
 何かが落ちたような、あるいは投げぶつけた様な騒々しい音の元を辿れば、シンイチの部屋だった。
 扉を開いて覗くと、床にはサッカーボールや本、スタンドライトなどが散乱していて、もともとそれらがあったのだろう机の前に、ちいさな体が立ち竦んでいた。
 声の主は予想通りコナン君で、状況的に主不在のそこを荒らしたのはこの子のようである。

「どうしたんですか」
「わかんねーだろ、あんたには」
「それは、まあ……見ただけではさっぱり」

 たまにとんでもないことをするコナン君ではあるが、これは単なるいたずらではないだろう。シンイチと喧嘩でもしたか。
 それにしたって他人の財物を破損させるのはよくない。親族だからといって賠償問題に発展しないとは限らないんだぞ。

「出てって」

 ぽつりと零す言葉でも、この子のものはよく聞こえる。

「ええと……」
「――出てけよ!」

 こちらを見遣りもせず発せられた怒鳴り声はひどく頭に響いた。――少しくらくらする。
 随分虫の居所が悪いらしい。珍しいものだ。まあ犬猫じゃあるまいし、その場で叱りつけなければいけないわけでもない。賢い子だから冷静にさえなればその必要もないだろう。いらんこと言いいらんことしいの俺がいればますます神経を逆撫でそうだ。わざわざ火に油を注ぐこともないか。
 ひとまず時間を置くべきかとすごすご退室すると、閉めた扉越し、また背後で物音がした。もしや機器類まで壊したんじゃあるまいな。

 落ち着いたら飯でも作ろうと下ごしらえをしてリビングのソファに座って待っていたが、それから長いことシンイチの部屋のあたりはうんともすんとも言わず、気づけば時計は夜更けも過ぎ、朝方近くを示していた。
 こういうときどうしたらいいか分からない。コナン君は日頃大人顔負けに落ち着いているもんだから尚の事。工藤夫妻がいてくれればよかったが、彼らは今はロスにいる。有希子さんにメールを送ってみたものの、返事はまだ返ってきていない。
 もしや出て行けとは部屋からでなく家からだったのだろうか。

 子どもの声は響きをそのまま残しぐるぐると頭の中を回る。
 どこに行けばいいんだ。俺にはさっぱりアテがない。情けないことにここと彼らしかないのだ。
 それ以外、俺にはもうほとんど何もない。場所も人も過去も、使命も信念も。
 深みも重みもなければ、満たすほどのものもなく、あれだけ揺れる強い情に理解を示してやれない。
 くだらないことすら考えつかず、かちりかちりと、あの声と違って膜越しのようにやや濁って鳴る秒針の音を、あたまで響くものとともに、ただぼんやり聞いているしかなかった。


 それから更に短針が半周するくらい経ったあと、コナン君は俯いたまま重い足取りでやってきた。
 扉を開けて数歩、入り口で立ったまま動かないので近づいてみれば、指先を掴まれぐっと引かれたのでしゃがんだ。それでも頭は俺のほうが高く、床に落とされたままの視線を拾えない。

「できない……」

 コナン君はいつもより弱々しく言葉を零した。

「諦められないんだ。捨てられない。納得できない。曲げられない。オレはそうできない」
「……いいんじゃないですか。行為についてはさて置いても、心情は他人が縛るものでなし、当人の持ちたいようにして構わないかと」

 ちいさな肩を引き寄せ、幼い体を両腕でつつむ。
 何をするべきだろうかと考えて思い至ったのは、毒にも薬にもならない言葉と、単に形を知るばかりで見様見真似の動き。
 それでもやさしい子どもは応えるよう細い腕を首に回してきた。

「ごめんね、昴さん」
「謝るなら新一君にでしょう」
「……そうだね」

 眼鏡をかけていなかったからか、柔らかな頬は何にも邪魔されることなく俺に擦り付けられた。
 ねえ、昴さん。と、呼びかけは距離の近さでか、絞り出すような音色からか、耳どころか直接的脳を打つ。

「この先も――“一緒”でいてくれる?」
「ええ、きみが許すのなら」

 なぜそんなことを、との問いに、彼にしては下手に笑った。

「探偵にはワトソン役が必要だから」
「そんな大層なことできませんよ」
「存在しているってことが大事なんだ。観測手もそうでしょ?」
「観測手というと……銃の?」

 測量云々ではなさそうだ。狙撃の観測手は引き金を引く者の精神的負担を減らす役割も持つという話も聞いたことはあるけれども、いまいちピンとこない。
 答え合わせをしてくれなかったのでコナン君の意図するところは分からなかった。

 やっぱり、ごめん。
 かすかに震えながらそう言い、彼は腕の力を強めた。


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