05

 旅行も無事終わり、工藤邸に帰り着いて、迎え出てくれたのはシンイチだった。
 ちょっとびっくりした。顔がそっくりなもんで彼かと思ってしまったが、それに続いて優作さんも出てきて、まさに親子といった親しげな会話を交わした上、有希子さんもあらやだ新ちゃんと抱きついていたので、こりゃ違うと気づいて失礼かまさずに済んだ。……“彼”?

「会うのは初めてですよね? 改めまして、工藤新一です」

 握手を求めてきたシンイチへ、一拍遅れて右手を出した。

「沖矢昴です。……すみません、不在の間に住み着いてしまって」
「いいえ。父と母も承知のことですし。コナンからも、事情は聞いていましたので」

 育ちの良さが見える上品さを供え、シンイチはやわく笑った。有希子さんの血を感じる笑みで。

 そうしてそのまま工藤一家と一緒に食卓を囲むことになった。完全なるアウェイ。しかしさすがリア充一族というか、あれこれと話題を出しては広げ膨らませ、うまく俺にも振ってきてくれたお陰でハブ感はなく、終始和やかな雰囲気だった。
 なんでもシンイチの用事はほぼほぼ終わったので、もう家に戻ってくるそうだ。それからしばらくしたら、優作さんも有希子さんもアメリカから引き上げまた工藤邸に住むつもりらしい。

「それなら僕はお邪魔でしょう。なるべく早く空けますから――」
「いいえ。むしろずっといてくれてもいいくらいですよ。こちらこそ失礼かもしれないんですけど、なんだか兄みたいでいいなって思ったりして……僕、ご存知の通り一人っ子なので、そういうのに憧れてるんです」
「兄……」
「あ、もちろん昴さんが嫌っていうなら、引き留めたりしません」
「いえ、そんなことは……」

 嫌われているんじゃないかと思ったが、初対面にしては過ぎるほど友好的な態度を取ってくれる。さすがコナン君の根回しはバッチリだ。
 優作さんも有希子さんも、居たいだけ居るといいと鷹揚に笑って息子の発言に同意した。一家揃って随分人が好い。阿笠氏と違うのは、良からぬ企みで付け入ろうとでもしたならばとんでもない人脈をもってして徹底的に社会的抹殺を為しそうなところだな。うっかり勢いに乗って蘭さんのパンツについても謝っておくかと口を滑らせかけた。危ない危ない。


 食後、少し付き合ってくれないか、と言われて優作さんの部屋へと招かれた。
 彼がグラスに注ぎテーブルに置いたのはテンプルトンだ。

「知ってるかい。カポネの愛した酒だ」
「一応は」
「法に照らせば犯罪者であれ、彼に憧れる者は多い」
「優作さんも?」
「いや? 個人的には、別段そういう思い入れはないな。これは単にお土産と世間話さ」

 促されたソファに座り、家主からのものを断るわけにもいかないだろうと、グラスを受け取り乾杯の仕草として軽く掲げた。キャンプの日以来飲んでいなかったから久々の酒だ。
 吸うかい、と差し出されたタバコも、礼を言って咥え、もらったマッチで火をつける。

「観てくれたかな、映画」
「ああ、いえ、すみません。あまりそういう習慣がないもので……」
「自分がどう描かれているか気にはならない? 好様ではないかもしれないよ」
「僕がですか?」

 確か優作さんが携わった映画というと、捜査官もののサスペンスだかミステリーだかじゃなかったか。ストーリーがなかなかいいとかで、何かの賞を貰っていた世界的な作品のはずだ。もし俺をネタにしているとしてもせいぜい脇役のドジなトラブルメーカーあたりだろう。
 そもそも自分のことといえ他人の手が加わり表出されれば事実から離れ変容するものだ、どんな風に書かれようが気にすることでもない。
 作品自体は興味があるけども、と返せば、優作さんは瞬きを一つして薄く笑った。

「ああ、そう――そうだったね。“昴君”は文字のほうが好きなのかな。なら今度関連書籍が出るから、それをあげよう」

 サインも添えようかと言われ、是非と頷いた。オークションに出せば高値で売れそうだな。もちろんしないが。

「覗かなければ存在しないのと変わらないというのも、使い古しの思想かな」
「はい? まあ、よく聞きますが……」
「なるほど仕舞い込んだだけならばふとした拍子に転がり出もしよう。しかし塞ぎ、うずめ、あるいは沈めてみると、そう簡単には這い出てこれなくなる」

 優作さんはソファの肘掛けで頬杖をついた。タバコを指に挟んだまま器用にグラスを揺すり、からから氷を鳴らしながら、探るようにして言葉を紡ぐ。

「鍵を掛け他人に渡す。堅牢さの追求と同時に所有権の放棄でもある。最善でも最良でもないが、非難すべきほどでもない。愚か者においては懸命であるとさえ言える手段だ。生の手綱を取られ引かれることは、人間にとって耐え難い屈辱であり緩やかな死にも似れど、握れば我が身すら保てぬ弱者には救いとも成りうる」

 吐いた煙が漂い、すうと消えていく。
 優作さんはそれをゆったりと眺め、グラスに口をつけた。

「何にせよ、無害であり、そうあれとするのならば内にいようが構わない――次回作の犯人は夢想家なんてどうかな?」
「……いいんじゃないでしょうか」

 もしや盛大なネタバレをかまされてしまったのか。
 アウトプット作業は大変だろうから壁打ちの壁が要るならいくらでもやるけども、いらんこと言いだし具体的な案を聞くのは担当編集にしてほしい。

 それから優作さんの話はころりと変わり、ロンドン旅行はどうだったとか、シンイチについてどう思うだとか、家族の話を中心に回りだした。

「――悪いね、親というのはどうしても子どもの未熟さが見えてしまうものだから。新一と仲良くしてやってくれ、“昴君”」

 目を細めるさまは親の顔だ。一回りまではいかない年齢差でも、積み上げてきたものが圧倒的に違うとしみじみ感じる。


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