03

「どう思う?」
「いくらでも針を回せるような規格外の時計は、信用に値しないのでは」

 だよね、と相づちを返して、コナン君はコンロの網をぱかりと外し中身を覗き込んだ。


 阿笠氏ご自慢の道具はやはりキリだったようで、肉や野菜を網ごとひっくり返してコンロを蹴倒し、ピタゴラスイッチさながらダイニングテーブルまでどついて食料をまるごとダメにしてしまった。
 そんなもの何で持ってきたんだという子どもたちのお叱りは至極ごもっともである。製品テストは失敗を想定してやってほしいもんだ。できれば自宅で。

 それから、無残にも散った食材を拾い集めている最中、たまたま通りがかって声をかけてきた、サークル仲間でやってきたという大学生たちのご厚意に甘えてそちらへ混ぜてもらえることになったのだが、しばらくしたところで、その面子の一人がなかなか帰ってこないと探しに行った青年が死体を発見したと大騒ぎで戻ってきた。
 状況的に仲間に殺害は不可能だ、一体誰が、とどよめいたのもつかの間、ホームズ大好きコナン君により、あっという間に犯人はジューッと一発炙り出されてしまった。コンロ内の紙の燃えカスと炭の積み方でアリバイが崩れたとかなんとか。
 逆上して襲いかかって来るかもしれないと一応間に立って身構えてはいたが、犯人はあっさりと肯首して膝から崩れ落ち、痴情の縺れだという動機を切々と語って、肉汁よろしく涙を滴らせた。おんおん泣くくらいならどうしてやっちゃうかね。
 しかしさすがハイスペック小学生、もう立派な探偵だ。
 紙面の人間に憧れるだけでなく似た所業をやってのけるあたりドライもびっくりな再現能力である。

「あんたは大事なものまで燃やしてしまったんじゃよ」

 その嫉妬の炎でな、と、ポエミーな腹話術師コナン君の相棒阿笠氏はなかなかのドヤ顔であったが、ちゃんと大事なものを焼けなかった彼が言うといまいち締まらないような。
 そう思ったのは俺だけのようで、皆なんともしんみりしている。
 手に持ったままだった紙コップの麦茶を啜ったら、空気を読めとばかりに少女に足を踏まれてしまった。

 子どもたちの手慣れた通報術によりやってきた刑事はこれまた彼らの知り合いだったらしく、せっかくここまで来たのだからキャンプを続けたいというお願いを聞き入れ、ざっと事情聴取をすると後日また連絡をするかもしれないとだけ言って犯人と部下を引き連れ去っていった。持つべきものは人脈と人徳だな。
 幸い食事はそれなりに済んでいたし、明日早めに帰って道中に朝食をとるということになり、子どもたちは予定通り花火を楽しんだ。
 なかなか切り替えが早い。子どもは強い。
 殺人事件なんてもはや阿笠氏のピタゴラスイッチと同列の回収済みイベント扱いなんじゃなかろうか。まあメンタルがクリアでなにより。


 夜も更け、小さめのテントに女の子二人、残りはまとめてもう一方のテントで寝ることになった。
 しかしそう広いものでもなく、大人二人に子ども三人でぎゅうぎゅうだ。シュラフに入ってなお素敵な寝相の元太くんに圧迫されて、光彦くんが寝苦しそうに唸る。
 元々俺を想定していないサイズだったのだろう、ちょっぴり可哀そうになって自分のシュラフを畳み、元太くんを俺のいたスペースへとずらしてやり、テントの外に出た。

 今日はそれなりに天気も良かったから、ところどころ雲に遮られながらも、星の煌きは地上まで届いている。
 そういえば以前は暇を持て余してよく眺めていた気がするが、ここのところはとんとなかった。
 どちらにしろ見上げたってちゃんと分かるのは北斗七星くらいだ。別段思い入れもないはずなのに、なんだか微かに胸がざわざわとする。

「昴さん、寝れないの?」

 囁くような大きさで、しかしはっきりと耳に届く。コナン君の澄んだ声は、胸で燻る妙な感覚をさっと跡形もなく拭う。

「いえ……」
「ボクもなんだか眠れないんだ」

 そう言うと、コナン君はにこりと笑って、俺の手に小さなケリーケトルを持たせてきた。それから一度テントに引っ込むとマグを両手に出てきて、ダイニングチェアへと向かう。手招きされてその後を追った。
 マグには既にこんもりと粉が入っていた。ココアらしい。ケトルで湯を沸かし注ぎ入れると、ほんのり甘い匂いが漂う。コナン君が、使い捨てのスプーンでくるくるとかき混ぜる。

「今日はお酒飲んでなかったね。博士も誘ってたのに」
「ああ、その……哀ちゃんが、あまり飲みすぎるなと」
「……そうなんだ」

 出来上がったマグを差し出されて受け取る。ふうふうと息を吹きかける彼に倣っていくらか冷まして啜った。

「やめるのもいいかもね」
「……ええ」
「代わりにこうしてボクが作ってあげるよ、色々」
「ほんとうに? ありがたいですが、てまでしょう」
「全然」

 一杯飲み終えると適当に片付け、ワゴンに乗り込みシートを倒した。別に付き合わなくていいのに、コナン君まで。体を痛めるぞと言ったが、たまにはこういうこともしてみたい、なんて笑っていた。
 眠れないと言っていた割にはすぐ寝息を立て始めたので、眼鏡を外して置き、テントからブランケットを引っ張ってきてかけてやった。小さな体だ、それで事足りる。もうさして寒くもないらしいから一枚で大丈夫だろう。
 体を横向け、規則正しいその音を聞きながら、あどけない寝顔をぼんやり眺めて過ごした。

 ――そうだな、やめるのもいいか。
 元々何があるわけでもないんだ。飲まなきゃならない理由もない。
 なによりこの子が言うのなら。


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