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コナン君曰く、二十九歳アルバイター改めバーボンに対してはなんとか対処出来たらしい。伝聞。 途中でうっかりひっくり返ったもんで、一体何がどうなったのかさっぱり分からんという無能っぷり。 「一応誤魔化しはできたけど、また疑われるといけないから、なるべく安室さんと会うことのないように気をつけてね、“昴さん”」 「ああ、すみません……」 結局また何もかもおんぶに抱っこである。俺に出来ることと言えばこうして話をただ聞くことと、飯を作ることぐらいだ。それにしてももう少し上手くならないとまったく釣り合いが取れん。 「仕方ないよ」 なんだかビミョーな顔して笑いながら、コナン君が俺の作ったドリアをつつく。器は有希子さんが買ってきたらしい、中欧あたりの陶器だ。相変わらず華やかで洒落たそれに助けられている感がある。もしや磨くべきは料理の技術というよりセンスなのかもしれない。どこに転がっているんだそれは。 「でも、できればもうポアロには行かないで。事務所の近くも避けてほしい」 「分かりました、そうします」 それと、と言って、コナン君がカツリとスプーンを鳴らした。おこげが食べたいのか。 「――キッドは信用しないで」 かつ、かつ、茶色く焦げ付いたそれを削りながら、さらりと言う。 「……なぜ?」 「納得できない?」 「いえ、何かあったかと」 「今回も途中でいきなり抜けられて結構大変だったんだよ。それも安室さんは引っかかったみたいでさ。それに元々あの人は怪盗で、ボクは追う側だし。知り合いでもないんでしょ? “昴さん”に付け入られて良いように使われたら困るんだ」 話を聞くに、俺がひっくり返って安室透が詰め寄ってきた後にドロンしたらしい。まあそりゃああの少年からしてみれば得体の知れない人間に自分の正体がバレかけたのだ。そもそもそこまでやる義理もなければ、あの場には天敵であるこの子もいたことだし、可能であれば離脱という手を取るのは妥当だ。 そうして取る行動がこちらの利害と一致しないとあれば、わざわざ犯罪者を見逃す必要も、手を組む必要もないとな。探偵、というか一般人側からしてみればそうだろう。それはそうか。 「承知しました」 「ごめんね」 「いいえ」 むしろ俺が頭を下げるべきだ。もうちょっと使えるオトナだったらこの子がそこまで気を回すこともないわけだしな。 しかし、謝らないでね、と先回りされ、もう出せる言葉がなくなる。 「美味しいよ」 「ありがとうございます」 口の端を少し汚しながら言う姿はかわいらしい。せめてそれが見られなくなるような事態にならないようにはしたいもんである。 ベッドでごろりと転がるのも見慣れた光景だ。もはや泊まるのも当たり前のようになっている。 ちなみに今日は毛利父娘に対して阿笠氏宅ではなく沖矢昴のところに泊まると言っているらしい。大丈夫かそれ。阿笠氏は在宅しているし特に来客もないようだが、何かあるんだろうか。 コナン君おすすめ左文字シリーズは読み切ってしまったので、近頃は優作氏の蔵書を端から読んでいる。しかしあまりにもあれこれ読んでいるとどれがどれだったか分からなくなるな。 ず、とベッドサイドに置いていたコーヒーを啜る。ほのかに香りがするようなしないようなといったもんだったが、「美味しい?」と聞かれて「とっても」と答えた。なんと珍しくコナン君が淹れてくれたのだ。大事に飲まないとな。 カップをテーブルに戻すと、小さな頭が膝に乗ってきたのでわしゃりと撫でる。 しばらくされるがままにしていたコナン君が、ふと俺の方へ体を向け、寝っ転がったまま見上げてきた。ねえ、とお決まりの呼びかけ。 「思い出したくない? 昔の嫌なこと。忘れたいって、そう思う?」 なんだ急に。黒歴史的な話か? そりゃあ誰だってそうだろう。黒歴史は思い出したくないがために黒歴史なのだ。頷けば眉を寄せられた。いてもたってもいられずベッドをローリングしたくなるなんて、そればっかりは味わわなければ想像がつかない感情か。 「それでも今まで抱えたがっていたでしょ」 「いつまで経っても去らないからですよ。わずかでもきっかけがあればすぐに纏わりつく。脳裏をあざやかにかけめぐる。いまその時でさえ“それ”になりつづける」 「つらい?」 「まあ……」 「なければよかったと思う?」 「かなわないことですけど……」 その点コナン君はまだまだ希望があるな。小学生の時点からこのくらい意識が高ければ魔の中学二年生もさわやかにクリアできるんじゃないかね。現在進行系でイタい俺みたいにならずにすむぞ。 「そっか」 この子の髪はさわり心地がいい。いくらかかき混ぜても、妙な跳ね方をしたつむじの毛がぴょこりともどる。その感覚がすこしたのしい。 「――叶うよ。××××××にすればいい。×××だ。ボクも手伝うから。××××は×××。ね、“昴さん”」 そう、そうだな。それがいい。なのにどうしてそんなにくるしそうに――、 |