Cradle

 おはようございます、と、珍しく耳元から聞こえた。布団を剥がれる気配がなかなかこない。
 目を開くと、見慣れた男がなんだか緩んだ表情で俺を見つめていた。

「目が覚めました? 起きてたかな」

 俺の視界にかかっていた前髪を除け、顔の火傷跡をなぞってくる。

「ああ、このまま寝てたいけど、朝飯食わなきゃな、飲ませないと……」

 なにやらぶつぶつぼやきながら、俺の肩に腕を回し、下半身に片足を引っ掛けて絡みつき、ゆらゆら体を揺らしてしてくる。まさに抱き枕。どうやら今日は休みらしい。用事もないなら寝てりゃいいと思うが。

「あー……よし、起きましょう」

 しばらくうだうだやった後、降谷零はばっと勢い良く起き上がった。いい腹筋だ。それから俺の手も引っ張ってくるのでそれに従って付いていく。
 降谷零は俺を洗面台まで連れてくると待ってろと言って一度自室に向かい、カミソリを取って戻ってきた。それを鏡台のポケットに置き、俺の顎を擦る。

「市松人形みたい。温度と湿度っていうのはどうなんですかね。実物をさしてしっかり見たこともないし定点監視したこともないですから、実際のところについては私見としてもなにも言えませんが、本当に魂が入っているっていうのも、まあ面白くていいかもしれませんね」

 つらつら喋りながら顎や頬、口周りにシェービングクリームを塗りたくってくる。そして両手を軽く広げ、

「サンタさん」

 とかなんとか小さく笑った後、じっとしててくださいね、と言ってカミソリを当ててくる。お前あれだろ、お風呂でアトムとかやってただろ。まだやりたいお年頃だろ。流石に今やってるところは見たことないが。
 さほど生えていたわけではないのでさくさく終わり、洗えと言われて下手くそにばしゃばしゃとやる。顔を上げた後すぐさまタオルを押し付けられたがやはり首元が濡れていた。まあ片手だしそんなもんだな。降谷零もそこは承知のことのようだ。

「あなた将来、もうすこしおじさんになったら、髭を生やしてみてもいいかもしれませんね。意外と可愛い顔つきしてますし。貫禄が出ますよ」

 半笑いなあたりどう考えてもテキトーこいてるんだろう。
 俺よりはるかに可愛らしい顔したこいつは絶対に似合わなそうだ。そもそも薄いし量も少なくあまり生えてくるところを見ない。女性ホルモンが多めなのかね。やたら面倒見がいいし世話焼きなところやおしゃべりなところは若干女性的な気もするが、それにしては男気溢れる言動もするし、まあそこらはアテにならんか。どうでもいいな。


 いつもよりややゆったりと食事を終え、手を引かれてソファに座る。ちょっぴりお寝坊さんなスコッチさんの優雅な朝食風景をぼんやり眺めている最中、降谷零がまた自室に向かったと思ったら、今度は爪切りを持ってきた。

「そろそろ切っておかないと。手を出して。こっちを向いて下さい」

 さして伸びてる気はしないが、片足だけあぐらをかき、もう片足は床に下ろす形で言われた通り体の向きをかえ、ソファの上で向かい合わせになる。
 なんだかえらくこまめに爪を切りたがるが、降谷零は爪切りフェチか何かなのだろうか。自分の爪はそうでもないのにな。きれいに丸く切りそろえた後ヤスリがけまでしてくる。カフェ店員の次はネイリストでも目指しているのか。

「あ、こら。危ないだろ」

 スコッチさんがわしゃりと間に入ってきた。降谷零がそのおでこをぺちりと叩く。

「こーら。あんまりやるとお前の爪もこれで切るぞ」

 先程より語気を強くした降谷零が、俺の腕にばりばりと捕まってきたスコッチさんを引っぺがして床に放る。そうするとスコッチさんは俺の後ろ、ケツとソファの間に潜り込んできて丸まった。

「まったく、あなたも叱ってくださいよ。何でもかんでも許すからしていいものだと思うんです。人間ごとに対応が変わったら単に僕が怒りっぽくてヒステリーなだけなんて不名誉な認識されるでしょう。可愛がるのはいいですけど、そういう甘やかしてばかりでダメにするのはスポイルって言うんですからね」

 概念なら知ってるけども。そんなこと言われてもな。どういうタイミングで叱ればいいかなんてわからないし、大抵叱ろうと思ったときには全部終わった後だ。動物は事後に叱られても理解できないだろう。なにより俺は単なるスコッチさんの玩具だし。
 降谷零はぶちぶちと小言を続けながらも両手を綺麗に仕上げた。器用なもんである。自分の手はせずちゃかちゃかと爪切りを仕舞ってくる。
 そのままだらだらとテレビを見ながら過ごし、昼食はジャンクな気分らしい降谷零が頼んだピザを食った。
 Lサイズの八分の五にサイドメニューのポテトとチキンまで、降谷零は可愛い顔してよく食べる。見た目に似合わず……いや、似合ってるのか? 体の方はボクシングをやっていたとかで未だに筋トレをしているしなかなかキレてる。俺にも筋トレしようと誘ってくることがあるほどのムキムキマンだ。だれかほかにそんなやつがいた気もする。気のせいか。知らない子ですね。
 それにしても、そんなことやったって仕方ないしなんの意味もないのにな。


 食後、今日はとにかくだらけたいのだという降谷零が、客用の布団を引っ張り出してきてリビングの窓際に広げた。横になるように言われてそうすると、降谷零も隣に体を横たえ、自分と俺に薄めの毛布を掛けて涅槃のポーズを取った。一日過ぎたクーポンを滑り込みで使わせてもらうようなやつは悟りにはかなり遠いと思うぞ。

「今日あったかいんですよ」

 目を細めた降谷零が、俺の肩をポンポン叩きながら言う。間にスコッチさんが入ってきたからそうなんだろうな。猫は暖かいところ涼しいところ探しが上手い。

「わからないだろうな……」

 毛布を肩まで上げ、スコッチさんを避けてもぞもぞと身を寄せてきた。

「ねえ、零って呼んで下さい」

 俺の瞳をじっと見つめてくる。陽の光をあびてより明るくきらめくそれは青色だ。日本大好き日本人なのに珍しい彩色だ。ハーフかクォーター? 実はカラコンだったりするのだろうか。懐かしいな、以前――、いや、別に縁はないか。化粧ざかりの女子じゃあるまいし。しかもよくよく考えなくても寝る前も寝起きも青だ、自前だろう。

「……まあ、いいや」

 あっさり目を閉じ、降谷零は小さく鼻歌を歌いだした。
 どこかで聞いたことのあるようなメロディだ。
 思い出せないのがもどかしいような、寂しいような――だがそれもあっという間に掻き消えて、本当に湧いたものなんだかわからなくなった。どうでもいいか。

 TIPS、降谷零は若干音痴だ。



リクエスト - Cageの降谷が一日オフで構う / きりゅうさま
ありがとうございます



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