03

「こんにちは、沖矢さん。遊びに来ちゃいました」

 安室透の“また来ます”は本当にすぐだった。

「一体何の用だ」
「おや? 沖矢さん寝起きか何かですか? まるで別人のようですね」
「……ああ、少し寝ぼけていたようです」

 数日も経たず再びチャイムを鳴らしたムキムキアルバイターはニコニコとてめーこないだ言ったこと忘れてねーだろうなと釘を刺し、ビニール袋を持ってナチュラルに上がりこんで来たと思えば鮮やかな手つきで食事を作りあげた。冷蔵庫の中身にダメ出しを飛ばしながら。

「生姜ちょっと干からびてましたよ、買ったのはそう昔じゃないでしょう? まだ持たせられたのにもったいない。いいですか、こうやって水を入れた瓶に漬けておくんです。こまめに替えてくださいね」
「はあ」
「キャベツは芯をくり抜いて湿らせたキッチンペーパーを入れて。根菜は根と葉を離しておくこと。どうしてこんなに広い冷凍庫があるのに使わないんですか。生食には向かなくなりますが、トマトも冷凍すれば一ヶ月以上保存できるんですよ。きのこ類はむしろ旨味が増すんですから、使わないなら小房に分けてジップロックです。もやしやブロッコリーなんかは茹でてから。分かりました?」
「……ははあ。分かりました」

 そんな勢いで、料理は食材の管理が大事なのだと叱られてしまった。
 確かに普段作って食べるのは大抵一人ないし二人程度なので、必要分少量を買ったりするものの使い回せなくてダメにすることがある。だから近頃は足の早い食材は避けたり日持ちする煮込みなんかを作ったり、そもそも食べないで越したりしていたのだ。それを言ったら更に怒られた。
 喫茶店バイトでパフォーマンスについての意識がよりシビアになったのだろうか。社会経験って大事だね。

 てきぱき並べられた、そこらの料理店のものと遜色ないそれを食べ終えると、安室透は今度は何やら酒瓶を出してきた。

「こっちがメインだったんです。でも空きっ腹に酒はよくありませんし」

 細身のボトルにシンプルな白のラベル、マッカランのようだ。印字からしてそこらで売っていそうな十二年物。味に煩そうなもんなのにと思ってそれを見ていれば、安室透は「高ければ良いってもんじゃないですから」と言って蓋を開けた。それから置き場を聞くこともなく取り出してきた、優作氏チョイスだというロックグラスに、食材と一緒に買ってきたらしい氷を入れ、とくとくと遠慮なく注ぐ。
 そうしてそのグラスを渡してきた。でもなあこれ。

「……すみませんが、スコッチはちょっと」
「へえ、あなたもそんな感傷的なところがあったんですね」

 安室透は俺が突き返すのを受け取らず、自分の分も注ぎ終えるとそれも寄越してきて、これまたどこにあったんだかアイスペールに氷をザラリと入れ、瓶と一緒にそれを持ち、リビングに行こうとさっさか歩き出した。背を向けながらぽつりと零す。

「僕は一人酒を美味いとは思えない」

 そんなこと言われても。
 人当たり良く世渡り上手な割に飲み友達がいないんだろうか。酒癖が悪いとか? 酔ったら僕すごいんですってやつか。それで以前も誘ってきていたのかもしれない。マブのコナン君は酒が飲める年じゃないしな。
 まあ別に苦手なだけで飲んだってどうにかあるわけでもなし、そういえばこいつと酒を飲んだことはなかったような気もするし、たまにはいいかとそれに追従する。
 リビングのテーブルにアイスペールと酒瓶を置いた安室透は、俺の手からグラスを取るとわざわざ長椅子に面した方へ置き、一人掛けでなく隣に座れと促してきた。その通りにしたが、黒いシャツとハイネック姿の男二人、なんだかシュールな図だ。

 安室透は乾杯も言わずにグラスをカチリと鳴らし、黙って口を付けた。
 俺も同様に煽る。特段何もない、普通の酒だ。喉を焼くようなわずかな感触はあれど、味はお察し、匂いもさほど強くはないからほんのりとしか分からない。
 二口ほど胃に落としてグラスを置き、テーブルの灰皿を引き寄せたら、安室透が手で制してくる。

「待ってください。一杯終わるまで」

 渋々もう片手で摘んでいた箱を仕舞いなおし、もう一度グラスを握った。

 安室透はそれなりの量あった分をグイグイ飲み干すと、もういいですよと言って一度席を立ち、ナッツやチーズなんかを持って戻ってきた。自分と俺の二杯目を注ぎ、深く腰掛けてテレビをつけて適当なバラエティに固定し、なんやかんやとツッコミをいれたりそれについてこっちに話題を振ってきたりとおしゃべりをし始める。
 そのさまは至って普通である。別に笑い上戸でも泣き上戸でもなければセクハラ魔人でもないようだ。
 喋りながら、俺がタバコを吸っている間にもかぱかぱと飲むもんで、瓶はみるみる琥珀色から透明へと変わっていく。

「あっという間ですね。あっけない」
「まあ、このペースで飲めば」
「そう、そうですね、飲んでしまえば。二人で飲めばね」

 そう言いながら、安室透はグラスを揺らしてからからと氷を弄び、またボトルネックに手を伸ばした。

「きっと二日酔いにもなりません」
「お強いんですね、安室さん」
「なんだ、へんな喋り方。ああでも、ましだ。ずっとまし」

 さして酔っているようには見えないが微妙な難癖の付け方をしてくる。
 沖矢昴でいろと言ったのはお前だぞ。ついでに一応このキャラ付けは有希子さんがやったんだぞ。失礼しちゃう。


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