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しばらくそのまま寝ていろ、と言ってトレイを持ってまた消えたアラサーアルバイターは、それなりに時間が経ったのち戻ってきた。 起き上がったままの俺を見てため息をつき、話はつきました、と言う。何のことなんだかと首を傾げると、えらくざっくり簡潔に説明された。 なんとびっくりおまわりさんカミングアウトをしてきたとのこと。 そうホイホイしていいもんなのかは謎だが、バーボンではなくおまわりさんとしてやって来ていたならコナン君も一安心だろう。それなら教えておいても良かったな。俺の知るこいつのおまわりさん情報なんて公安であることと名前くらいなもんだけども。 おまわりさんネームは何と言ったか、たしか、 「降谷――」 「安室と呼んで下さい。まだそう過ごす気なので」 便宜上A.M.U.R.O.とな。べむろくんとでも呼べばいいのか。なるほどバーボン引退をしたというわけではないようだ。サクッとバレた俺と同類にされたくないのか、なめんなとばかりに食い気味に訂正されてしまった。 しかしなかなか長続きするもんだ。謎の絡み方をばんばんやる割には世渡り上手なんだな。卒業公演はまだ先らしい。やったとしても彼ならニュージーランドで羊とお友達になることもなさそうである。 「あ、“透くん”はさすがに勘弁してくださいね、そういうのはもっと仲良くなったらで」 「……」 そんな気は全くなかったが。 「あなたのことは沖矢さんと呼びます」 「そうか」 安室透は徐に、どっから持ってきたんだか沖矢昴の眼鏡を取り出してつるを開き、俺の耳にかけてきた。 そのまま顔を包み込むように頬のあたりへ手を添え、じっと瞳を覗き込んでくる。相変わらずパーソナルスペースが狭い。 「――いいですか、あなたは今後余計な口出しも手出しも一切しないでください。これから身近に起きることは平穏な日常以外目に入れず耳に入れず関わらず己の領分ではないものと認識して弁えた態度を取ること。あなたはただ病弱な一介の大学院生、沖矢昴です。わかりましたね」 いつから沖矢昴は病弱設定だったんだ。それどこ情報よ。別にそんな素振りした覚えもないぞ。 そりゃまあ無能な上いらんことしいな自覚はあるから邪魔にならないようにするのはやぶさかではないが、急なもんで話がいまいち見えない。何が始まるんです? 「それは」 「コナン君にも了承を得ています。僕の言葉は彼のものだと思って聞くように」 「一体どういう――」 「今言ったばかりでしょう? 詮索は許しません」 大戦だと言ってくれる将軍もいない。 もういっぺんコナン君と何を話したのかちょっぴり気になると訴えてみるも、てめーには関係ねーとばっさり切り捨てられてしまう。明らかに俺のことだろうに。コナン君に聞いても変わらないぞとの追撃付き。 いつの間にかマブになった模様である。思い返せばこないだもなんだか仲良さそうにニコニコしていたもんな、それにしても清々しいほどのハブ宣言でちょっぴり寂しい。 「……わかった」 渋々頷くと、安室透は満足そうに笑う。 「よし、いい子ですね」 犬を褒めるような言いざまだが、頭をかき混ぜるでもなく、なぜか米神のあたりを探って触れてきた。 「別に家から一歩も出るなとか、誰とも関わるなというわけじゃありませんからね。暇があれば僕も相手をしてあげます。安心してください」 目を細めて宥めるようにかけられる言葉に、なんとも微妙な気分になる。やっぱり別に寂しくない。 果たしてこんなやつだったろうか。いやこんなやつだったかな。三十路で年上の男を捕まえて“いい子”とは、さすがノックで生き残るだけはある神経。若干繊細さもあったメンタルはこの数年の間に組織の中で鍛えられムキムキになったようだ。 安室透はあっさりと帰っていった。また来ます、安静にしていなさい、と言って。 その背を見送ってしばらく、階下に降り、リビングを覗くと誰もおらず、反対側のキッチンに行けば、ダイニングチェアに座るコナン君がいた。 「赤――昴さん、もう大丈夫なの?」 今は沖矢昴の格好をしていないというのにわざわざ言い直すのは、安室透との友情パワーによるものかね。 「“彼”は?」 「帰ったよ」 夜もいい時間だ。あの少年は高校生だったはずだし、当たり前か。 シンクは随分綺麗になっていた。水切りカゴは空っぽで、食器は全て棚にしまわれている。鍋やフライパンといった調理器具もだ。水気がしっかり拭き取られていてどれを使ったかはわからない。冷蔵庫の中からは食材がそれなりに、コーヒー豆も一杯二杯ではない量減っており、紅茶はそのまま―― 「昴さん。リビングに行こうか」 さんすうなぞなぞもダメと。 仕方ない、有能な敵より無能な味方の方が厄介だというしな。 椅子から飛び降りて回り込んできたコナン君に手を引かれ、すごすごキッチンをあとにした。 |