C-1

「オメー、ほんとに赤井さんとどういう関係なんだよ。知らねーつってたぞ」

 じとりと睨みあげてやれば、“昴さん”の顔をしたそいつは「だろーな」とため息をつく。
 協力の申し出をしてきたのもそうだし、あたかも親しげな態度に、以前からの知り合いか、あるいは先日の件から仲を深めたのかと聞いたが、赤井さんは知り合いではないと言い、こいつの態度が不可解だと首を傾げていた。

「忘れてるんだもんよ。オレのことも、近衛さんのことも」

 ぼやいたセリフが妙に引っかかる。
 忘れてる――“近衛さん”?
 問い詰めてやろうと口を開けば、しかしそれよりも先にそいつは踵を返した。昴さんが絶対やらないような、唇を突き出すような拗ねた表情に、両手を頭の後ろに回す仕草をしながら。

「今のうちに退散させてもらうぜ」
「聞くっつってたじゃねーか」
「旗色悪そーだし、オレがいちゃややこしくなるだろ?」
「めんどくせーだけだろオメー」

 てっきりその通りだと返ってくると思ったのにだんまりで、そいつが浮かべたのはなんとも言えない顔。

「……ま、頑張れよ、名探偵」
「あ、おい!」

 相変わらず逃げ足だけは早い。止める暇もなくさっさと姿を消してしまう。自分から首突っ込んできたくせに、勝手なヤローだな。

 それから間もなく、オレの携帯が鳴る。ジョディ先生から、門前に着いたという連絡だ。随分早いと思ったら、何かあればとスタンバイしてくれていたらしい。
 外まで行って、ベンツから降りた三人を迎え入れ、玄関の扉を開ける前にジョディ先生に向かってちょっと、と手招きをする。先生は慣れたように身をかがめ、内緒話の形を取ってくれた。

「クールキッド?」
「あのさ、先生……今関係ない話だけど、思い出して気になっちゃって……赤井さん、“トーヤ”って言うの?」
「それ、彼から聞いて?」
「ううん」

 先生は途端難しい顔をして、躊躇うよう、吟味するようたっぷりの間をとった。それから、いいえ、と言う。

「それは私が殺した男の名前だわ」

 その答えは流石に予想外で、一瞬返事に詰まってしまった。
 殺した? 先生が? まさか直接手を下したということではないだろう、声色からも、事件や事故で遠因になってしまったということのように思われるけれど。

「それよりあの彼、なぜここに……」

 普通ならなぜオレがそんなことを言うのかと気にするはずだろうに、ずいぶん触れたくない話題だったようで、先生はすぐに矛先をバーボンへと変えた。そうじゃなくともそもそも来葉峠の一件から赤井さんの話はやたら避ける傾向がある。

「……ここに住んでるお兄さんが組織の人間じゃないかって思ったんだって! 話してて勘違いって分かったんだけど、お兄さん、びっくりして倒れちゃって」

 ちらりとジェイムズさんに目配せをすれば、すぐに小さく頷きを返してくれた。

「一般人を巻き込んでしまったか、いかんな」

 キャメル捜査官がきょとんとしながらもそれに同意する。少し悪い気はするけれど、仕方ない。
 邸内に入り、左手のリビングへ三人を誘導して、座るように促す。

「ちょっとお兄さんの様子見てくるから、ここにいてくれる?」

 付いて来ようとする先生を、お兄さんは人見知りなんだ、とか言って、ジェイムズさんにもさりげなく助け舟を出してもらいながら退室し、反対側のキッチンへ向かった。
 安室さんが作ったのは和食らしい。キッチンでは出汁や味噌、醤油なんかの匂いが漂っていた。

「ご到着のようだね」
「うん」
「それで、打ち合わせかい?」
「安室さんにちょっとだけ協力してほしくて」
「おや、ちょっとだけ」

 鍋の様子を見ながら肩を竦める様はまるで本当の住人かのように馴染んでいる。

「赤井さんのこと、まだFBIには言わないで」

 近寄って足元から見上げそう言うと、安室さんはぴくりと眉を跳ねさせた。蓋を置き、オレを探るようじっと見下ろす。どうしてだい、と問う声に、今の赤井さんの状態と、会わせてはまずいかもしれないということを簡潔に答える。

「しかし妙だな、前から体を省みないやつではあったけど……」
「安室さんの知ってる赤井さんとは違うの?」
「ライだったからかな。……それとも、そこまで彼女のことを……」

 安室さんはそう言って、考え込むよう顎に手を当てた。
 赤井さんにそうまで影響を与える“彼女”なんて、オレに思い当たるのは二人しかいない。死者と生者、一人ずつしか。それをこの人も知っているのか。

 なんだか嫌な予感がして、その場はひとまずお願いだけで済ませて二階へ向かった。脳裏をぐるぐる回る、一つの名について思案を巡らせながら。

 ――近衛十夜。
 怪盗キッドが探す男、ジョディ先生に殺された男、赤井さんが忘れた男。


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