06

「もう来ないでくれ」
「なんで?」

 玄関口に立つ少年は殊の外変わらない様子で、ただきょとんとした。

「ここでなんかあんの?」
「いや」
「この家出るとか? まさかアメリカに帰る?」
「いや……」

 戦は準備が全てというもんで、実際の行動に移ってみれば、ボスを叩き組織のメンバーを確保すること自体はあっという間に終わった。しかしもうしばらくは日本にいる必要があるとかで滞在するつもりではある。戦は事後の処理が大変なのだ。
 もう沖矢昴をやる必要もないんで、FBIの拠点かそこらへんのホテルだかに移るつもりではあるが、そんなに急いで出ていかなくていい、どうせなら一緒に食事をしようと言われたため、次に工藤夫妻が帰ってくるまでは工藤邸にいる予定だ。

「……きみのために」
「なんで?」

 サクッと終わるかと思っていたのにどちてぼうやみたいに聞いてくる。おかげでますます話しにくい。

「これに関しては話せないじゃダメだぜ。聞かないでおこうもしてやれない。だってオレのことだもん」

 そう言って真っ直ぐに俺の目を見据え、両手を握ってくる。振り払えないようにかえらくしっかりがっつり。困る。
 対象について考えれば考えるほど情が湧くしある種自己暗示になるとはその通りである。見事に術中に嵌り自分の首をワイヤーで締めてしまった。

「…………正直に言うが」
「うん」
「きみに危害を加えかねないんだ」
「……誰が?」
「俺が」
「どういうこと? オレのこと嫌いになった?」
「……逆なんだ。…………下心で」
「下心?」

 もうここまで言ったら分かってほしい。この手だって危ないのだ。正直歓喜なんだ。認めざるを得ないレベルで浮かれてしまうのである。三ミリどころじゃない。いい年して脳みそお花畑なんだ。ポンコツに拍車がかかってポンコツアンドロイド状態なのだ。アタポンなのだ。自分で言っていてかなり恥ずかしい。しかし顔を逸らそうにも快斗くんはフクロウかと言うほど覗き込んでくる。やめてほしい。

「手を出さずにいられるかわからない。もう既に不快な思いをさせているはずだ」
「え、いやまったく」
「は」

 こちとらくっ殺せみたいな気持ちで精一杯吐露したというのに、だいぶケロッと返されてしまった。しかも「なんだ、そんなことかよ」とため息までつかれ、慣れた様子で上がり込みすたすた歩く彼に腕を引っ張られソファに座らされた。
 快斗くんはそのまま鞄から取り出した旅行雑誌を持って隣に腰を落とし、体を寄せてくる。

「それよりどこ行くか決めよーぜ」
「あ、ああ……」
「泳げる時期じゃねーけど、やっぱドライブなら海がいいよな」
「ああ……」
「ここ温泉入れるんだって」
「ああ……」
「いっそ泊まりもよくない?」

 ぱらぱら捲られて指さされるカラフルな紙面が全く何と書いてあるんだか分からないし頭に入ってこない。ていうか金大丈夫? と高校生に財布の心配までされてしまった。ちゃんと貰うもんは貰ってるからと言えばちょっぴり高そうな宿の写真らしきものを見せてくる。

「……いや、いきなり泊まりは……」
「じゃあ日帰りかー」
「温泉もちょっと……」
「シーワールド行く?」
「それくらいならいいが……」

 なんだかあれよあれよという間に予定を組み立てられてしまった。次の日曜はシーワールドに行って海岸沿いを回って帰るんだと。だとじゃねえよ。

「……待て待て、聞いていたか?」
「近衛さんはオレが来ると嬉しいって話だろ?」

 超訳快斗くん。

「ん、いや、あー……そうだが……そうじゃなくて……」
「つーか今までその気なかったの?」
「……そういうつもりはなかった」
「マジかよ」

 そりゃあそもそも指摘してきたのは彼の方だ、気づかないわけもないだろうがそんなに分かりやすかったのか。そして承知の上でのこれなのか。俺たち一生マブとか一緒に遊べてマンモスウレピーとかそういう話じゃないんだぞ。
 俺にとって辛うじて薄っすら存在するアイデンティティの崩壊と同時に犯罪者になるかならないかの瀬戸際なのである。
 口を開きかけ、言葉を探して惑っていると、快斗くんは身を乗り出して俺の膝に手を置き、顔を近づけてきた。眉を下げ、なんだか呆れたような、仕方ないなあとでも言いたげな、どこか優しげな表情だ。メンタルに直にくる。
 しかも――そのままさっと近づいて、唇にやわりと触れてきた。同じもので。

「――わかってるよ、こういうことしたいんだろ?」

 そうだけども。

 ……そうだけども?

 …………そ、……?

「問題ねえじゃん」

 ガチリと、脳が固まった音がしたようなしないような。視界いっぱいに映る顔はずいぶん得意げだ。だが頬はあかい。かわいい。

「そ……そう……なのか……」
「うん」

 ふに、ともう一度。

 ……………。

 もうダメだこれ。
 おまわりさん、俺です。


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