K-3

 アレ、と思った。珍しくいない。
 屋敷は人気が一切なくがらんとしていた。
 “仲間”と会ってからちょくちょく“仕事”もしているようだったが、あの人は“敵”の目から逃れるため死んだふりをしているという話で、なるべく外に出て回らないようしているらしいし、オレが行くときはいつもだいたい家にいるのに。
 そのまま帰ってもいいけれど、なんとなくそういう気にならなくて、近衛さんの部屋へ向かった。

 相変わらずものが少ない。
 置いてある家具はどう見たって元々ここのものだし、机の上にはあの小さな箱すらなくて、ノートパソコンがポツンと乗っているだけ。それから引き出しに周辺機器なんかの機械類とコードが幾らか。
 ちらっと覗いてみたクローゼットの中にはそれなりの数の衣類が並んでいた。しかし“沖矢昴”が着るような雰囲気の服や小物ばかりで、どうも近衛さんの趣味ではなさそうだ。あの人が買いそうなものはほんの数着。隅に置かれているちょっと洒落た鞄はほとんど使っていない感じだ。それも誰かの見立てか。貸した服を捨ててもいいなんて言うし、実用性以外見てなさそうだもんな。
 他の生活用品もあるにはあるだろうけれど、少なくともこの部屋で目に付くのはそれくらいだ。キャリーひとつで引っ越し出来そう。

 あんまりにも寂しい。賑やかしにぬいぐるみでも持ってきてやろうかなあ、なんて考えながら、ベッドに寝っ転がって暇を持て余していたらいつの間にか眠ってしまっていて。

 ――ばん、という音でそのことに気づいた。

「クソ」

 慌てて目を開けてみれば、日が暮れて暗くなった部屋の中、近衛さんが机の前に立っていた。どうやら掌を叩きつけたらしい。
 荒々しく帽子を脱いで、机についていないもう一方の手で髪をぐしゃぐしゃとかきまぜる。

「おかしい、鈍ってる、読み違えては、どうして――うるさい、手が、いいや、一発じゃ――黙れ、ちゃんと、これじゃ俺は――」

 ぼそりぼそりと、重く憎々しげに吐き出す声が、あまりに聞き馴染みがないもので、口を開くのに少し勇気が要った。

「近衛さん」

 聞こえないかも、なんてのは杞憂で、近衛さんはばっとこちらを向いて目を見開いた。俺がいたのもそうだし、それに気づかなかったことに驚いてるみたいだ。

「……来ていたのか」
「うん、ごめん。寝ちゃって」
「いや……」

 近衛さんは少しだけ居心地悪そうにしながら、ゆっくりと手を伸ばし電気をつけて、背負っていたケースのようなものを壁に立てかけるよう置く。どん、とそれなりに重そうな音がした。

「それなに?」
「ライフル」
「マジ?」
「触るなよ」
「お、おう……」

 拳銃を持ってるのは見たことあったけれど、そんなもんまで。すごくアウトな気がする。でも日本の警察と協力してるとか言ってたような。
 近衛さんはベッドの端にどすりと座り、両膝に肘を乗せるよう背を丸め前かがみになって、小さく息をついた。オレも体を起こしてその隣に並ぶ。
 仕事でミスったのかと思えば、そうじゃないらしい。むしろ作戦自体はかなりうまくいったという。さっきの独り言については濁されてしまった。

「近衛さんもイラつくことあるんだ」
「俺だって――」

 低い声が零すように言いかけ、その先を飲み込む。しばらく待っても、続きを口にする気はないらしい。悪い、と何に対してかわからない短い謝罪だけが返ってくる。

「仕事、佳境?」
「……もうすぐだ」
「オレにやれることある?」
「いや。……しいていうなら、安全なところにいてくれ」

 やっぱりこの人は、オレに“そういうところ”を望んでるみたいだ。
 この人にしてみればオレだってただの高校生なんだろうし、“恋人”のことを思えば当たり前なのかもしれない。話してくれるぶんマシだ。わかった、と、大人しく頷いておくことにした。――たぶんそうじゃないと、この人は何処ででも気を抜けなくなっちまう。

「終わったらさ、遊びに連れてってよ。ドライブしよーぜ。新しく車買ってたろ? あれまだ乗ったことないし」
「……死亡フラグ立つぞそれは……」
「へ?」
「戦場から帰還したら思いを伝えるだの、結婚するだの言う兵士は大抵死ぬだろう」
「オレ思い伝えられちゃう?」
「例えだ」
「えー。じゃあなんて言えばいーんだよ。“オレのために帰ってきて”?」
「重ねがけにしか聞こえん……」

 額に手を当てた近衛さんの、張り詰めた空気が解けていく。

「でもほら、近衛さんってフェニックスみたいなところあるじゃん」
「尾羽を毟られそうだな」
「何度でも蘇りそう」
「飛行石もなしにか」
「何それ」
「なんでもない」
「近衛さんってわりとヘンなこと言うよな」
「……きみのセンスもなかなかだが」

 かすかに苦く笑ったのに少しほっとする。さすがにちょっぴりドキドキしていたりしたのだ。
 隣りに座るその人の、ジャケットのポケットを漁って、小さな箱とあの銀色のライターを取り出し、一緒に出てきた円筒形の金属二つはそっと戻す。
 箱から一本取り出して吸口を差し出せば、近衛さんは素直に咥えてくる。ライターの蓋を開け、そのタバコの先にかち、と火をつけた。
 深く吸い込んで吐き出された煙は、ベッドにもほんのり残っていた、近衛さんの匂い。

「――うまい」
「タバコが?」
「きみがつけてくれたから」
「…………急にそーいうのやめて」


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