02

「あのクソガキ……」

 何やら舞台の黒子のような格好をしてやってきた快斗くんは、ぶすりと膨れながらそうつぶやいて、やや乱雑に扉を閉めた。

 今日は彼に“沖矢昴”を貸してくれ、と頼まれていた日である。
 コナン君や阿笠氏などは外出の予定があるらしいものの少女は留守番をするとのことだったので、どのみち俺は念の為家にいるからあんまり目立ちすぎるなよと言って承諾してたのだが、どうやら彼の行き先はコナン君と同じで、しかも変装がバレちゃったらしい。

「何でバレたと思う?」
「さあ……」
「“オレ”があいつの言うこと聞かなかったから、ってよ!」

 口元を歪め、荒々しい足取りでソファに座っていた俺の前にやってきて立ち腕を組む。

「そんなにハイハイなんでも聞いてやってるワケ?」
「まあ、出来ることなら」
「甘やかすなよ」
「甘やかされてるのは俺だ」
「はあ? ……名探偵に命助けられたってのは聞いたけどさあ……にしたって……」

 何言ってんだコイツ、みたいな顔をされてしまった。そのままむう、と唸られる。

「……オレたちも交換日記やる?」
「……交換日記?」
「…………やっぱやめとこ。破るまでもなく全然書かなそー」

 破る? 交換日記を? それ心の一ページも一緒に儚くなるんじゃないのか。
 よく分からんが晩飯食っていくかと聞いて立ち上がろうとすると軽く手で制された。

「んにゃ、いーよ。来そうだから。とにかく終わったぜ、サンキュ。じゃーまた」

 快斗くんはひらひらと手を振って、今度は窓から出ていった。“沖矢昴”の返却に来ただけだったらしい。自由だな。


 開け放たれた窓とその鍵を締めた直後、背後でばたんと音がした。
 振り向いた先にいたのは眉根を寄せたコナン君だ。どうやら急いで来たようで少し息を乱している。

「……いたでしょ」
「何がだ?」
「キッド」
「いなかった。“キッド”は」

 快斗くんならいたけどもと思ってそう返せば、コナン君がはあ、とやや大人びたため息をつく。

「すまない、容赦してくれ」
「……赤井さんのお客さんにはとやかく言わないよ。随分効果もあるみたいだし……。でも現行犯で見つけたら捕まえるからね」
「ありがとう」

 お目こぼしをいただいてしまった。ううんやはり甘やかされている。

「もう、赤井さんまで園子姉ちゃんみたいなことして……」

 鈴木財閥のネアカ女子高生か。聞けば彼女は狙われるのが自分の親族の宝石であるというのに、彼の所業に協力の姿勢を見せているらしい。
 どうも怪盗キッドは何気に世間で人気があるようで、その盗みが成功すると拍手喝采が起きたり、ピンチになれば自分に変装しろだのと申し出てくる輩がいるとかなんとか。その一部のファンの熱狂ぶりはすさまじいとかなんとか。アイドルかな。アイドルくらいきれいな顔はしてるもんな。園子さんが好きそうでもある。……好きなのか? お嬢様と泥棒で禁断の恋ってやつかね。絵になりそうだ。

「……」
「どうしたの?」
「……いや」

 ともかく、さっき断られたご飯をコナン君に勧めてみると頷いてくれたので、一緒にキッチンまで向かい、いつものごとく並んで座って食べた。今日は肉野菜炒めである。快斗くんが食っていくかと思っていたのだ。

「飲み物は? ジュースもあるが」
「……コーヒーが良い」
「そうか」

 つい先日有希子さんが買ってきたコーヒーメーカーが活躍した。豆と水入れるだけで出来るんだから便利なもんだ。
 それからマグを持ってリビングに戻り、恒例のまったりタイムと相成る。話題はあんまりほのぼのしたもんじゃないが。

「安室さん、キールと接触できたみたい」

 なんとコナン君はあれからFBIや公安への協力をしてくれている。
 なし崩し的に巻き込んでしまった感は否めないが、この子の能力の高さは折り紙つきだから、使えるもんならそれに越したことはない。
 当人もなにやら組織の悪事を暴いてやると息巻いていて、あの夜の話し合いの際にはこいつぁー腕が鳴るぜオレはやるぜオレはやるぜとシベリアンハスキーのようにノリノリだった。
 身の安全についてはジェイムズもアルバイターおまわりさんも手を回している。更にはコナン君の計らいで少女の警護に公安も配慮してくれるようになったのだ。メリットしかないな。

「ラムの居場所が掴めそうだって」

 FBIとの共闘共有が成立した上、ブレインコナン君が加わったお陰で事態が進展し計画が現実味を帯びたとかで、それを詰めるため、現在アルバイターは本格的にバーボンとして組織でどっぷり活動中だ。主にコナン君が阿笠氏の作ったピンアイテムで連絡を取り合っている。
 六歳と二十九歳有能すぎてびっくりするね。たまにおつかいクエストするだけの三十路の自宅警備員とは比べ物にならない。

「それで、ジェイムズさんからも話が来ると思うけど、赤井さん――お願いだ」


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