06

 何と俺はいつの間にか組織内でアツい風評被害を受けていたらしい。
 コナン君によれば、なんでも俺がおケツ丸出し男の舌を引っこ抜いたことになっているようだと。さすがにそんな舌切雀のおばあさんみたいに語り継ぐのはちょっと勘弁してほしい。

「……俺によるものだといえば、間違いはないが」

 そう言うと、コナン君がぎょっとしたように目を見開き体を固くさせた。それを見たジェイムズが慌てて口を挟む。

「ああ、違う、あの男が自分からやったことだ」
「私が煽るようにいい加減なことを言ったからです」
「“いい加減なこと”?」
「適当に話を合わせたのが癇に障ったようで」
「あの男とは知り合いではなかったのかね? 確か向こうからきみを指名していたろう。きみ以外には話さんと」
「それもあれが一方的にです。名と役割は知っていましたが、人柄までは。正直どうして私なのか分かりませんでしたよ。どうも聞いた限り、恐らく行き過ぎた恋慕と嫉妬のようでしたが」
「ああまでしたのは惚れた女のため、だったか」
「ええ、“彼女”とは幾らか関わることがあったので、それが面白くなかったんでしょう」
「……きみは、“彼女”をどうとも?」
「はっきり言えば苦手でしたね」

 足元のコナン君が、俺とジェイムズの間で視線を行き来させ、困惑したように眉根を寄せる。そんな彼に、ジェイムズは軽く唸った後、愛でバナナの皮踏んだオケツ丸出しなハイルベルモット男の話をざっくり語って聞かせた。
 舌切り林檎酒について言及したのは、あの場にいた面子とその言い様、女であったというコナン君の証言からしてキャンティだろう。そもそもあの狙撃手についてを俺に教えたのは彼女なのだから、その言葉を発するくらいの関わりはあったはずだ。“彼女”に対して良い感情を持っていない風でもあった。
 まあもう戻りもしない組織でどれほど悪し様に言われようとあることないこと吹聴されようと、その行為自体は一向に構わないのだが、内容が問題だ。
 ――捕らえられ、その身ごと口を封じられたはずの男の話を、なぜ彼女たちが知っている?
 本国から齎された情報としては、護送を担っていた人間も巻き添えになったという程の爆破で、彼らの遺体は酷く損傷しており、それがかろうじて人数分あって、護送の面子は任務についての記録とその後の消息が途絶えたことから、男を含めた同乗の人間全てが死亡したのだとの判断に至ったというものだった。
 語る人間もなく独り歩きするそれをFOAFのお決まりで流すわけにもいかんだろう。
 メルヘンさんがうっかり狙撃をよそにコントしちゃうほどだったのだから、盗聴器に気づいていてわざと発したということもあるまい。キャンティには悪いが、銃器の扱いならいざ知れず、話術の面でそういう小技を効かせられるようなタイプでもなかった。
 可能性はいくらか考えられるが、どう確認を取るべきか。

「――だがまあ、きみが語ってくれて良かったよ。どうにもそのあたりの事が、あー、うまく掴めずにいてね」
「あ、いえ、報告が不充分でした。すみません」
「不確実で曖昧な事柄だったからだろう」

 ジェイムズが苦く笑ってそう言う。
 どうでもいい恋バナやら信憑性ない噂話やら単なる俺のポンコツストーリーなんて捜査の足しにならんだろうと思っていたが、こういうのは何が役に立つか分からないというのもあるか。聞かれなかったから言いませんでしたなんてそれこそ新卒じゃあるまいし。だが益のない話を聞かれもしないのにべらべら喋るのもそれと変わらん。ううん、情報を正しく篩うのは難しい。
 眉根を寄せたコナン君が、俺を見上げて口を開く。

「赤井さん、その“キャンティ”とは仲が良かったの?」
「仲の良し悪しは分からんが、同じ狙撃手だったからな、よく任務で一緒になった。あの男について聞いたのも彼女からだ」
「ジンとも仕事をした?」
「いや、ほとんどしていない」
「……“猟犬”っていうのは?」
「ただの揶揄だろう。まあ、“取ってこい”程度はしていた」

 つまり同等の立場ではなく指示され従う関係だったのか、と聞かれて頷けば、コナン君は更に複雑そうな表情を浮かべた。

「“彼女”も、そう?」
「あの女とは――特に何も。他愛ない話をして、酒を飲んだくらいだ」
「……本当に?」

 念押しのように重ねられて、また頷く。
 そう、と、コナン君は渋い顔をしながらも、それ以上は続けなかった。大したことないというのが謙遜もなく残念な事実であるということをお分かりいただけたようである。
 彼はちらりとジェイムズと目配せを交わし、少しだけ声の調子を変えると、話題を水無伶奈へと戻した。


 何もない。何にもならなかった。何の拘束力も持たない、何の心も伴わない、形だけのくだらない約束の真似事。あんなもの、何の意味もないことだ。――それは今だって変わらない。


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