03

「“私たちの功績は日の目を見る事はないけど、失敗はすぐに知れ渡ってしまうんだから”」

 ――というのが、ジンさんこっち見んな事件で、コナン君が盗聴器越しに確認したキールのセリフらしい。
 その彼女にベルモットはバイクをコンコン叩いてあんたコレじゃないでしょうねと聞いたとか。
 さらには土門の狙撃が失敗した後、人混みに押されて脱げた彼女の靴を拾おうとしたコナン君に対して、しゃがみこんで目を見ながら首に手を添え尾けてきたのかと問い、礼を言ってきたらしい。

「それでカンパニーの人間だと」
「バイクの事故だって子どもを避けてのことだしね」

 血液型が知れることになった原因も、ニュースのリポート中に輸血を申し出たからだとか。なかなか正義感が強く献身的な質の人間らしい。だからこそそうなったのだろうが、ネズミにはあんまり向いてないタイプかもしれんな。

「彼女の方も気づいたはずだから、早い内に手を打ちたいんだ」
「ボスたちは水無伶奈の身柄を確保しておきたいらしいが」
「赤井さんはそれが一番いいと思う?」
「……どうかな」

 彼女の身柄を移して楠田を捕らえたとして、一時の難を逃れるだけに過ぎないだろう。
 スパイ一人退けたところで敵が素直に引き下がるわけでもない。向こうはそれこそ手駒ならいくらでもいるんだから、そのうちジリ貧になるのはこちらだ。
 そもそも脳波検査をしてしまえば移送についての懸念は消えるが、それが無意味にもなるんだよな。水無伶奈がキールとして振る舞うにしろ、“本堂”として振る舞うにしろ、寝た振りより遥かに扱いづらくなるしリスクも大きくなる。せめてもっと早い段階なら本部に送りつけるか取り込むかしていれば手元に置いたままでも良かっただろうけども。

「“キール”には仕事を全うしてもらったほうがいい。だよね?」

 こっちは単なる調査のための人員と備えしかないのだ。真っ向からやりあうのは避けたい。

「だがどうやって糸をつける? 帰巣本能任せでは見失いかねんし、ここを荒らして帰った挙句仲間を連れて狩りに出る恐れもある」
「瑛祐兄ちゃんって白血病だったんだよ」
「……誰から聞いた?」
「担当していた看護師さんから」

 うーんなるほど。つまり血液型云々は前提が違っていたと。ついでに水無伶奈の性格から考えて血縁者を無碍に出来まいと。
 幼い造りにそぐわないほどのドヤ顔が眩しい。

「ならばいっそのことはっきりと協力を仰いだ方が良いだろう」
「……瑛祐兄ちゃんに事情を話すってこと?」

 それにはあまり乗り気でないようで、コナン君が小さく眉を顰めた。

「組織のターゲットになるかもしれない」
「母数を増やして衆人環境に晒せば特定や手出しは容易でなくなる」
「それを瑛祐兄ちゃんに?」
「やってもおかしくない人間だろう。少なくとも俺たちよりも」

 コナン君もそうだが、半端な情報を持って首や足を突っ込みうろうろするほうがよほど危険だ。どのみちここまでたどり着いたんだから放っといてもいいとこまで行くだろう。それならいっそのこと引き込んで使ったあとサクッと保護プログラムでも受けさせたほうがマシである。
 言わんとすることは分かってくれたらしく、コナン君は少し難しい顔をしながらもこくりと頷いた。それから手に持っていた缶を開け、くいっと煽る。途中の自販機で買ってやったやつだ。無糖のコーヒーとは毎度渋い。

「ああ、それと、なるべく自然な対応を取るようには仕向けたいが、最低限ボスには話を通しておきたい」

 なんやかんや言っても単なるイチ捜査官では出来ることも限られる。偉い人は味方に付けておいたほうが得だ。
 パフォーマンスに信憑性を持たせるには新鮮なリアクションが大事だが、軌道修正や誘導の出来るサクラや力技の使えるスポンサーも同じくらい大事だろう。

「……分かった」

 それにもコナン君は頷いてくれた。
 つくづく話の通じっぷりが小一ではない。あんまりこの察しスキルに頼ってたらコミュ障が恐ろしい勢いで亢進しそうだ。

 互いに一服を終えると、コナン君は中道とやらの病室へ、俺はジェイムズの元へと向かった。


 見張りの交代になって入った病室は、在室を気取らせないよう照明を点灯できないため薄暗い。
 ベッドに横たわる女の姿は相変わらずだった。
 近づいて観察してみたものの、呼吸も意識のなかった頃と比べ大差なく、不自然さが見当たらない。これで医者の言もあれば、ジェイムズたちが疑念を抱かないのも無理はない。ずっとこれでは体もあちこち痛むだろうによく頑張るもんである。
 入口横の壁に寄りかかり、しばらくぼんやりしていたら、不意に傍の扉が音を立てた。コンコンコン、と三度、叩くような音色。

「赤井君、少し来れるかね」
「はい」

 扉越しの声に返事をして外に出ると、出迎えたジェイムズは神妙な面持ちで、ちょっと来てくれ、と行って俺を廊下の先へと誘導した。さすがそういうのは上手い。
 背後の駆けるような気配をスルーして廊下を曲がると、くるりと身を翻しこちらを向いたジェイムズが音も無く苦笑した。


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