JUSTITIA 01

「シュウ」

 すぐに見咎められて手を引いたものの、その一瞬で十分わかった。
 すやすやと寝息をたてる眠り姫。疼痛刺激に反応しないからと言って、意識がないとは限らないのでは、という小さな疑念は、見当違いではなかったようだ。
 ――女の瞳孔の動きは、確実に目覚めている人間のものだったのだ。
 痛みには耐えられても、反射で起こる神経や筋肉の動きまでは制することができなかったらしい。

「問題はここに患者として潜伏している組織の仲間を、例の容疑者からどうやって割り出すかだが……」

 ジェイムズやジョディは、水無伶奈の意識がまだ戻っていないという医者の言葉を信じている。そのままここで何もかもおっぴろげに作戦をしゃべりそうだ。
 まずいなこりゃ、と思っていると、かわいらしい子供の声がそれを遮った。

「ボクが思いついたいい方法でやってみる?」

 コナン君はうまいこと理由をつけ二人を外へ促し、さらには見張りまで一度引っ張り出して、眠り姫の様子を伺いに戻っていた。これは彼も気づいただろう。
 WAWAWA忘れ物ーとかいう建前と教室の扉を開けるよりも不自然な駆け戻り方は正直不審丸出しではあったが、ジェイムズもジョディもさして気にしていないようだったし、なかなかのファインプレーである。
 “いい方法”というのも、単なる口実でなく考えていたらしい。
 ビデオカメラを付けたコナン君が直接容疑者三人に話を聞くというもので、子どもの姿であれば警戒も薄く、油断してボロを出すだろうからということらしい。その映像をFBIの面子でチェックして容疑者を絞ろうとのことだ。
 いたずらする子どもにどう対応するかという芸能人の素行チェック番組みたいな内容ではあったが、仕掛け人の子役が演技派かつ頭脳派なだけあって効果は覿面だった。
 結論から言うと病院内に潜り込んだ人狼もといスパイは、頚椎捻挫で入院している割には病室をうろちょろするコナン君の姿を視界に捉えるのに首を回して追い、直近に飲みほしたコーヒーの缶を落っことし転ばせても中身が出てこなかったという楠田陸道一択。
 みかん汁も真っ青のくっきり鮮やかなあぶり出しに思わず笑ってしまって、ジョディとジェイムズに白い目で見られた。いやでも面白かっただろ。

 すぐに抑えるか、と問うジョディに、様子を見て楠田が尻尾を出してからでも遅くない、とジェイムズが返す。
 それ自体には半分同意だが、あの男も保険目当てのただの患者かもしれないというところには頷きかねる。楽観的な仮定は後々より泣く羽目になりかねん。

「ひとまず見張りを大勢付けて――」
「見張りを付けるのは構いませんが、最低限で、出来ればしばらくこちらの事を気取らせないようにした方が良いかと」
「だが、怪しい動きを見せればすぐに捕らえられる体制を整えておかねば」
「ここには無関係の一般人が沢山いるのよ」
「彼らに被害が及ばないようにしたいなら尚更だ」

 そうだよ、と通りのいい声。
 援護射撃を飛ばしてくれたのはコナン君だ。俺に並び立つようにして渋る二人を見上げ、無邪気にも見える表情を浮かべている。

「あのお兄さんはあくまで“水無伶奈”を狙ってるんでしょ? 病院やその患者さんじゃない。目的があって来てるんだから、トラブルさえなければ、それが出来なくなるようなことはしないと思うよ」
「我々が後を追い回して突くことこそ、その“トラブル”になります」

 コナン君の言う通り、楠田陸道の狙いは無関係の一般人などではなく水無伶奈だ。向こうとしても無駄にトラブルを起こして病院に居辛くなるような、我々に嗅ぎつけられるような真似は控えたいはずだ。余程のことがなければそこらの人間に危害を加えようとは思うまい。
 窮鼠猫を噛むというし、追い詰められた人間は何をやるかわからない。それこそおケツ丸出し男のように自刃される可能性もあるのだ。下手を打ってはせっかくのほのぼのいたずらムービーが無駄になってしまう。

「せっかくこちらに気づかず呑気に院内を闊歩してくれているし、潜伏のためにある程度病院の規則に従ってくれているのだから、それを使ってまず逃走手段や所持品の確認をしておくべきだろう」

 おそらくコードネームなしの男とはいえ、足や武器等何も用意せずに乗り込んでくるはずはないだろう。巧拙はさておき、万が一の策ぐらい立てているはずだ。
 なにより楠田だけでなく水無もいるのだ。意識を失ったふりをしてその実ばっちりお目覚めの姫が。
 楠田への対処に追われている間、トンズラされるだけならまだ可愛いもんだが、更に仲間を呼び込まれたりこちらの情報をすっぱ抜かれたり、最悪不意打ちで挟撃を食らい大きなダメージを与えられかねないのだ。
 さすがに笑わば笑えとも言えないし見なかったことにしようと超法規的措置を取るわけにもいかん。


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