B05

いきて≠ニ、幼い響きがずっと、心のうちに留まり続ける。

 確たる証拠と証人を得て、長らく闇に紛れ潜んでいた例の組織を、表の世に引きずり出すことが叶った。白日のもとへ晒し、大衆の面前で堂々と、その罪を問うことが出来る。もう我々も、奴らの仲間のふりをして形ばかり謙り顔色を伺い、己の良心に偽り、手を汚す選択を迫られ、義と業に揺れ苛まれる必要はない。酩酊を齎す名もいらない。
 首領と幹部に逃げられ、己が身と忠誠の先までをも脅かしかねない危機を脱し、計画の蹉跌を、事態の複雑長期化を免れることができたのは、子どもがいたことによるところも大きい。組織や彼らに与していた集団は、尽く瓦解と解体の道しかなく、子どもの身を預かりまっとうに育ててやろうなどと考えられる倫理観の者も、そんな余裕がある者もいない。そして、不慮の事故の被害者を悼み、その遺志を継がんとする者が、神に仇なす唾棄すべき所業を糺し戮せんと勇む者が、これから先また現れないという保証はない。
 だが、だからというわけでは、決してない。他所向きには色々とそれらしいことを並べ立てはした。そうして根を回した。
 勿論それらも事実理由に含まれはするが――――最終的には、僕の利己心だ。

 ――なにより、子どもには既に自我が芽生えているのだ。
 意志を持ち、分別をつけ、知り、学び、この世界を歩き出している。
 その広さに、惑いながらも。


 恐らく頭部への衝撃が、その能に損傷を与えたのだろう。
 子どもから、導くような言動はなくなった。代わりに人間らしい表情が増えた。それまで見えていたものを失くしたからか、未知のものに囲まれているかのような素振りが多く、不安や困惑といった色が強く出ている。だがよく気がけ、憂いを拭う労を惜しまず怠らずにいれば、いずれ時と情とが解かし癒やし、穏やかな暮らしの中で、また以前のように、それよりももっと豊かに笑みを浮かべることも、出来るようになるだろう。
 あの子がいつまで安定した容態を保っていられるかはわからない。例の能力のように、何かの拍子に損ない失ってしまうこともあるかもしれない。薬が確保できたとしても、ずっと効き続けるとも限らない。
 せめて限られたその生命を、生み出されて――生まれてよかったと、思えるようにしてやれたらと思う。願わくは、大人になって、自らの意志で飛び立っていくのを見送りたい。
 子どもは戸籍を得た。正しく、何の穢れもない、無辜の民であることの証を得た。
 降谷の名を分け与え、その先も名付けたのは降谷零だ。それだけの責を果たし、全うすることを、己とこの国に誓ったのだ。
 庇護すべき存在は、己を強くしてくれる。
 悪夢は未だに時折、伺い立てもなしに訪れる。あのいのちの成り立ちを、己が在るのは何故かを思い知らせるよう、忘却を阻むように。友の散り際もその事実も、脳裏にこびりついて離れない。ふとした瞬間に、些細なものから想起してしまう。二度と失いたくないという、過去への執着も恐れも、ないとはいえない。決して切り離せはしない、己を織り上げる一糸だからだ。

 ただ、おかえりなさいと迎える小さな姿を、この手で守らなければという思いが、己を奮い立たせるのを――そうして得た意気が、大義と、それを尊ぶ使命へと、身を費やす力になるのを感じる。己を善く生かしていくのを感じる。

 きっとその頬に触れなければ、得られなかったものだ。



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