03

 引きこもりジョークは笑えなかったらしい。
 ラムちゃんの友人“バーボン”くんは、眉根をぎゅっと寄せて黙り込んだ。


 ――ラムちゃん。
 親類縁者みな黄泉路を辿って早々人生ゲームを上がり、ひとり取り残され遺産を食いつぶして生きている俺の、唯一無二の大親友である。
 親友と言っても顔は見たことがない。いわゆるネッ友で、とあるネットゲームでソロプレイ厨を拗らせていた俺にパーティープレイの素晴らしさを教えてくれた、マイソウルブラザーなのである。
 しかしまあ狩りが捗ったのはラムちゃんのプレイヤースキルが恐ろしく高いせいでもあったため、下手なやつと組むよりはソロのほうがましという思いは揺らがなかったのだけれども。
 ラムちゃんと出会ったゲームは残念ながらサービス終了してしまったが、以降色んなゲームを二人でやりこんでいる。
 “キルシュ”は、その別ゲームへの移動の際、これまで“おふとん”とか“からあげ”とかセンスのない名前ばかりだった俺に、もうちょっとゲームに没入しやすいシャレた名前にしようと、ラムちゃんが付けてくれたハンドルネームだ。
 ラムちゃんはお酒大好きマンらしく、お酒の名前から取ったのだそう。
 それを聞くまでラムちゃんのラムは完全にダーリン一筋なハニーのことだと思いこんでいて、その名残で未だに脳内ではラムちゃんラムちゃんと呼んでいるし想像のビジュアルはそれだ。そんなこと本人には口が裂けてもいえないけども。
 ラムちゃんは、ゲーム外でのメールや電話でもリアルの些細なことまでわざわざ自分の考えた設定に沿った言い方に置き換えるような、ロールプレイ主義過激派なところがあるのだ。

 そんなリアルの話は暈しオフ会しない主義のラムちゃんではあるものの、どうにも地方の実家住まいなのか、時々友だちを泊めてやってだの、自分で持っとけない荷物を預かってだのと頼んでくることがある。
 普段関わり合いになる人間なんてコンシェルジュや弁護士くらいしかいないもので、人に頼られることなんて皆無な俺は、それが大親友からなのもあって大喜びで引き受けている。
 いくつか物置にしている部屋のモデルガンや黒歴史ノートみたいなものは、全てラムちゃんに預かっててくれと言われ送られてきたものだ。
 しかしラムちゃんのお友だちはちょっと個性的というかトガッているというか、ラムちゃんよろしくリアルでもロールプレイしちゃう、控えめに言って演技派な人間が多い。
 それで一度悪役ごっこだか捜査官ごっこだか分からんなりきり仲間を呼ばれてちょっぴり困ってから、いくつか条件を付けさせてもらうことにしている。
 ラムちゃんはごめんねと謝ってくれたし、お友だちも約束を守るようになってくれたし、まあ悪い人たちじゃないんだ。俺のぼっちを哀れんでか、結構仲良くしてくれる人もいる。

 それにしてもバーボンくんもなかなか例に漏れずといった風だ。
 なにやら危ない仕事をして攻撃を受けてしまったエージェントみたいな設定らしく、太腿に血糊をつけてやってきてエレベーターの前で倒れていたのだ。
 わざわざマンションに入るところからよろよろとロールしてたようで、予め話を通してはいたけれどコンシェルジュさんが大丈夫かと電話してきたし、エレベーターにもカーペットにも血糊がついたから清掃を入れなきゃいけなかったし、頑として意識を失ったポーズするもんで普段運動してないモヤシの俺がズルズル引きずってベッドまで連れてく羽目になった。めちゃくちゃ息切れした。でもラムちゃんにごめんごめんと謝られたら許すしかない。
 話してみたら素直で丁寧な喋り口でシャイさんにも思える。
 しかしなんか俺を見張るように玄関扉越しに様子を伺う気配があったり、部屋に篭っていたかと思えば急にお宅訪問と探検にやってきたり、ラムちゃんの送ってきた荷物を弄ろうとしたり、ある意味純粋なのかもしれないけれど、ちょっと難しい子である。

「それで、用事は? もう済んだか?」
「帰れということですか」
「ゲームには興味ないんだろう」
「……あなたにはあります。あなた自身と、その周りについては」
「あまり面白いことはないと思うが」
「聞けば、教えてくれます?」
「まあ、ラムのこと以外なら」

 ラムちゃんは設定上みだりに正体を明かさないキャラであるらしいし、恥ずかしがり屋でもあるのだ。お友だちに何か聞かれても教えるのはよしてねと言われているのである。
 椅子は一個しかないので、ソファにどうぞと手で示せば、バーボンくんはおずおずと腰を下ろした。それから、随分緊張した面持ちで口を開く。

「……あなたは、ラムの何なんです? ――なんて聞くのは、ありですかね?」
「ん、ああ……何というほどでもない。ただの“友人”だ」
「ただの?」
「そう」

 ついでにいえば、俺とラムちゃんの関係についてもしっかりと設定が練ってあるらしく一度図入りでコト細かく書かれたPDFが送られてきたこともある。
 見たらすぐ消してねと言われたのでデータは残ってないが、ざっとは覚えているし、忘れてるなと分かるとラムちゃんが教えてくれるのだ。いやはやロールにかける情熱がすごい。

「“ただの友人”が……そんなことにまで、“協力”を?」
「するさ。“友人”のためになるのなら自分の出来うることはやる。頼みがあれば聞くし、困っているのなら手を貸すし――害を及ぼす者がいるなら、排除しようともする」

 バーボンくんは何かを言いかけて、思い直すよう口を噤んだ。引いてる?
 いや重い自覚はあるよ。しかしイタさではどっこいどっこいなんじゃないかなあ。


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