26

 少女は私の手を引き屋敷を出ると、隣のやや妙ちくりんな形をした建物に移動し、玄関で私に待っていてと言って一度屋内へと消え、バッグを身に着けて出てきた。それから私の手をまた取って、いつの間に呼んだのか、家の前に停まったタクシーへと乗り込んだ。
 少女が運転手に告げた地名は聞いたこともないものだ。
 現代を舞台にした物語ではしばしば現実の地名を使われたりしているものだが、このゲームは架空のものが付けられているタイプのようだ。聞きとれた単語から、目的地はベイカワン≠ネる場所らしい。ボウリングのピンが立つ娯楽施設ではなかったらしく、少女が私の手を引いて下り立ったのは、キラキラとした街からは外れ、全体的に明かりが少なく暗い、倉庫のような無骨な建物が並ぶ場所だった。

 少女は緊張した面持ちと静かな足取りで、道沿いに積み上げられているコンテナの影を伝うように移動し、一つの建物へと近寄った。
 勝手口のような小さなドアの前で、一度しゃがみ込み、私にもそうするよう促してくる。素直に従って膝を折ると、少女は声を潜めて言った。

「ここで合っているはずなのだけれど……なんだか妙だわ。見てくるから、ちょっと待っていてちょうだい。私以外の誰かが来たら逃げて。いいわね?」

 声量は小さいながらも有無を言わさぬような強い口調だ。私が頷いたのを確認すると、少女は私から手を離して立ち上がり、ドアを開けて建物内へと入って行ってしまった。

 思わず頷いて見送ってしまったけれど、しばらく待っても一向に帰ってこない。そこでようやく、素直に言う通りにして良かったのだろうかと疑問が湧いてきた。どうもNPCの言うことを鵜呑みにしてしまうところがある。いやだって少女だろうがこの世界に関しては大先輩であり私よりわかっているはずだという意識があってつい。実際私はここがどこなのか、何のために来たのか、少女が何の意図で動いたのかよくわかってない。
 後を追うかどうか迷っていたら、少女が入っていったものとは違う、道を挟んだ隣の建物から物音がした。屋内で鳴ったものらしく籠もっていて何の音かはよくわからないけれども、それがあったということは、鳴らした何者かがいるか、鳴るような動きをする何かがあるということである。扉に意識を戻してみたけれども、少女が帰ってくる様子はない。ちらっと開けて覗いてみた先は薄暗く簡素なつくりの廊下が続くのみで、人影はどこにもなかった。
 ちょっとならいいか、と気楽な気持ちでその場を離れ、音の鳴った建物へと移動した。

 その建物は、正面に大きなシャッターがあったが閉まっていて、脇に少女が入っていったような小さなドアが別に付いていた。ドアノブは普通に回った。扉の先は、先程の建物とは違い、廊下の電気が付いてた。無人でも四六時中つけっぱなしということもないだろう。いやゲームならあるかもしれないけども、向こうは付いていなかったから、こちらは向こうとは違う何かがあるはずだ。
 そろそろと廊下を進む最中にも、断続的に鈍い音が響いてきた。その音を辿っていくと、また扉。これもノブは回った。
 かなり広い空間だ。遮るものが少なく、天井が高く、骨組みに板を張っただけの飾りっ気の少ない内装はまるで格納庫のようだ。そこに二人はいた。


 ――扉を開けるのと同時に足元に滑ってきた、見覚えのある、鈍い光をはなつもの。
 私がそれを手に取ると、二人はさっと表情を変えた。

「――バーボンを撃ちなさい!」

 ベルモットさんが荒らげた声を飛ばす。必死の形相を浮かべるその顔は汚れ、頬に出来た傷からは血が流れている。どうやら顔だけでなく負傷しているようで、やや前かがみの姿勢で、だらりと垂れる片腕の、赤く滲む袖をもう片手で抑えていた。
 一方のバーボンさんはというと、パッと見無傷で、ベルモットさんをぎらりと睨んでいる。
 この場には私以外にその二人しかいない。私の手にある銃は、バーボンさんが夜な夜なメンテをしていたものと同じに見える。ベルモットさんが誰に害されたのか、バーボンさんが何をしたのか。状況から考えて自然なのは、二人の間でそれ≠ェ起きた、というものだ。
 つまり、バーボンさんが。


「撃ちなさい、00番!」


 その言葉に、反射のように、勝手に体が動いた。
 右掌がグリップを握りしめ、左手がそれを支え、照準器をバーボンさんに合わせ――引き金をひいた。
 バーボンさんが目を見開いた気がする。それからキュッと表情を引き締めたような、諦念を乗せたような。それも一瞬で見えなくなってしまったから、本当にそうだったかはわからない。ぐしゃりと、体を崩れ落ちさせ、うつ伏せになったから。
 息をつく音はベルモットさんが発したものだ。ゆっくりと私に近づいてきて、力の抜けた掌から銃を取り上げた。

「いい子ね――」

 冷たい声。血液にまみれた白い手は、私と同じようにグリップを握って、私がしたことを、私に向けて行った。

「そして憐れな子。せめて少しでもましなところへ送ってあげる。――きっとこのほうが幸せだわ」

 ドン、と、覚えのある響きとブラックアウト。



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