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「そのまま動かさないで……そう、上手よ。それでここを見るの。ちょうど真ん中に来るようにして、的をこの上に乗せるのよ、わかる?」 すらりとした白い指が、小さなでっぱりのようなものをさした。頷くと、引いて、と言われる。従った瞬間、ドンと大きな音が響いて、体がグッと押されたような感覚がした。 「悪くないわね。使えそうよ」 指の持ち主、ベルモットさんはそう言って、私に艷やかな笑みを向けた。 「それは余計なこと≠ノは含まれないんですか?」 背後から飛んできた声はバーボンさんのものだ。いつもよりなんだか低く皮肉げである。 「ええ。基礎って大事なのよ、化粧と一緒でね。あるに越したことはないわ。それに、妙な先入観を持つ前に教えた方が懸命な使い方≠ェ出来る」 「……そういうものですかね」 「この日本で、教えられる前からお利口な¥pを身に着けていたあなたには理解し難いものかしら?」 「よしてくださいよ、見様見真似の子供の遊びです。いつまでも揶揄われると胸が痛い」 「あら、あなたにも痛む胸があったのね」 バーボンさんにそう言葉を返しながらも、ベルモットさんは私に「もう一発」と言った。頷いて、教えられた通りの動作をもう一度やる。派手な音とともに、狙った場所からは少しずれてはいるものの、数メートル先にある紙に描かれた円の内に穴が空くことに感動する。なるほどここでレッスン、あのシーンで撃てないわけだな。 「……知らずにいてよいこともあるはずです」 「バーボン。甘やかせなんて言ってないわよ」 「……」 「モノ自体を与えるわけじゃないんだから」 もう一発、と言われまた引き金を引く。これでマガジン内は全て撃ち終えた。最後の一発は中々に真ん中に近付いている。 みてみてママっと振り返ったところ、バーボンさんは渋い顔をしていて、片付けを終えても、その場を離れても、いつものように「えらいですね」と褒めてくれることはなかった。ちょっぴり寂しい。 ベルモットさんが指示し、バーボンさんが運転手をして移動した先は、シューティングレンジもどきのあった廃屋っぽいビルから一転、街なかにある大きく綺麗なデパートっぽい建物、そこに入った服屋である。服屋……なのだと思う。 出迎えた店員さんに、服屋っぽいエリアを抜けたというか、商品が陳列されている場所ではなく、その更に奥に入ったところというか、ややレトロでアンティークチックな調度品で固められた応接室のような部屋に通されたのだ。フィクションではありがちだが、現実ではとんと縁のない、天井から壁から床までなにやらとっても優雅でリッチな感じだ。これがゲームでなければ足を踏み入れることを躊躇してずっとどこに身を置けばよいかとおろおろしてたことだろう。 そこで始まったのは、ベルモットさんのファッションショーかと思いきや、なんと私の着せ替えショーだった。 ベルモットさんはずいぶん寛いだ様子でソファに腰掛けて用意されたシャンパンを飲みつつ、店員さんにそれはイマイチだとかアレを持ってきてだとかあれやこれやと指示を飛ばし、バーボンさんはそのそばに立って、時折かけられるベルモットさんの問いに 短く答えたり相槌を打ったりしていた。 さすがにそこで 一緒にシャンパンをキメて代行で帰るなんてことになったら何しに来たんだってになるのだろうけれども、特にすることがないならベルモットさん同様椅子に座っていてもいいんじゃないだろうか。モーションがないというわけでもないだろうし謎だ。 あれやこれやとされるがままの中、どうですかと示された鏡で初めてこのアバターの外観を見た。中性的な顔立ちに、まだ性徴よりも幼さのほうが濃く感じられる体つき、美しさや華やかさで言えばバーボンさんとベルモットさんには及ばないだろうが十分整っていて、モブとは言えない見た目だ。羨ましい。 ベルモットさんが選んだのは、結婚式でフラワーやリングを運ぶ子どものような、盛装と言っていいだろう華やかで綺麗なおべべである。 どうやらこのままどこぞへ行くらしい。というかそもそもそのどこぞへ行くための服を見繕いに来たらしい。決まりの服はタグを外され、軽く髪まで整えられた。ベルモットさんは店員さんに、私がこれまで着ていた服を処分しろと言った。さようならバーボンさんが買ったのであろうバーボンさん印の服。なにクロっぽいシンプルで着心地のいいパーカーとジーンズ、それなりに気に入っていたんだけどなあ。 ベルモットさんもバーボンさんも、いつの間にか衣装チェンジをしていた。明らかに普段着ではない、華やかなドレスにスーツ。さも当たり前のような顔でしれっと着ていて、特にコメントもない。そういうのって普通なんかもうちょっと演出ありませんか。 「あおい」 「ん? ええ。これ、ネクタイっていうんですよ」 「ねくたい」 「そう」 ビシッとキラッとキマっている。 やはり服は着る人間はっきりわかんだね。引っこ抜いたらこらっとまた怒られた。 何やらタイピンの裏側にちまちまとした装飾がついていた。わざわざ引っ張り出しさないと見えないようなところにまで拘るとはなかなかのお洒落さんである。 |