X-08

「被告人、名前と職業を」
「諸星大」
「……職業は?」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「バンドマンだよ!」

 ニラミ合いをはじめてしまった諸星さんと御剣へ、真宵ちゃんが見かねたように声を上げた。
 それを聞いた御剣はチラリと視線だけ真宵ちゃんに向けて「私はこの被告人に聞いている」と顰めっ面だ。一言礼くらいあっても、と思ったものの、まあそれもホントか分からないからなあ。
 一方、裁判長は呑気にその様を眺めながら、「ほお、バンドですか。私も若いジブンに少々……」なんて言って訳知り顔で頷いている。ホントかなあ……。

「そうなんですか、被告人」
「……ああ」
「して、なんというグループですかな?」

 諸星さんは一度少し上を見やって、しれっとした顔で答えた。

「ザ・リカーズ」

 今考えただろそれ。

「ふむ、なかなかシャレてますね。オトナの嗜みというやつですかな、年月のぶん味わいが出そうです……それはさておき、少々尋問に答えていただきましょう。そう、いつもライブで歌うように」
「俺はギターだ」
「ではかき鳴らすように」

 そのやり取りをやや苛立った様子で見ていた御剣が、一度ため息をついてから口を開く。

「それでは。被告人は事件当時杯戸シティホテルにいた、それはマチガイないか」
「……」
「被告人」
「すまないが、かき鳴らし方が分からない」
「……フツウに答えてくれて結構」

 御剣が資料を見ながらいくつか質問をするが、諸星さんは「ホテルにはいた」とだけ言い、それ以降は、相変わらずどれもこれも知らない覚えていないと返す。
 そうだろうな、聞く人が変わったところで態度を変えるような人じゃなさそうだ。そんな気はしてた。

「被告人、何もかも覚えていないということはないでしょう。吸ったタバコの本数くらい……」
「お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」
「ホ! ひい、ふう…………実は昨日の晩ゴハンも覚えていません」
「そうだろう、それと同じだ」
「ははあ……」
「同じなものか! 彼は老化による健忘だが、キサマはまだ若いだろう!」
「け、健忘……」
「そういう君はいくつなんだ。年上に指差しあまつさえキサマ呼ばわりするのが検事の作法か」

 いやいや、いまアンタも裁判長に向かってタメ口でお前って言ってただろ。
 御剣はそこにツッコむことなく、むぐぐと唸って、気を取り直すよう軽く首元のヒラヒラを整えた。ジャボっていうんだっけかな、アレ。いつ見ても思うけど、洗濯が大変そうな服だ。
 しょんぼりしている裁判長がちょっとカワイソウだが、ここで口を出したら矛先がゼンブぼくに向かいそうだし、異議の出しようもない間はちょっと黙っておこう。

「ゴホン、では続きを。被告人……アナタは何時から何時までホテルにいたのか、聞かせていただこう」
「…………」
「十一時過ぎごろ、被害者の部屋の近くにいたか?」
「…………」
「被害者の部屋にあったタバコはアナタのモノではないか?」
「…………」
「非常階段を使い降りてきて、ロビーでタバコを吸っていた、そうだな?」
「…………」
「何か言いたまえ!」
「黙秘する」
「なんだと」
「ここが法廷ならば、条件のある証人と違って、被告人には終始沈黙することが許されているはずだ」
「ぐっ、……うム……」

 ううん、たしかに刑事事件では被告人は陳述を拒むことができる。
 ……できるけど、それをぼくに相談なしに、むしろぼくにも使われると、ヒジョーに困る。ついでにカンジンな事はダンマリなのに、やたらと煽るようなことを言うのはやめて欲しい。御剣の額に青筋が立っている。
 その様を、別に愉快そうでも不愉快そうでもない顔でジッと見つめ、諸星さんはポツリとこぼす。

「……そうだな、しいていえば、俺なら銃だけ置いていったりしない」

 ――銃“だけ”?
 なんだかひっかかる言い方だ。

「だが事実、現場にはこの拳銃があり、ソレは被害者の体内にあった弾丸と線条痕が一致している。そして被告人以外にあの部屋に行ったモノはいない……」
「登録を行った持ち主と入手ルートは調べたのか。シリアルナンバーについて、そこのトンガリ頭に言ったはずだが」

 まさかトンガリ頭とはぼくのことか。
 トンガリ頭だって、なるほど君、シツレイだよね! と隣で真宵ちゃんが憤慨している。確かにぼくのアタマはトガっているけど。なんだか釈然としない扱いだ。

「う、うム……モチロン、それを見逃す検察ではない……しかし……」

 御剣が言い淀む。もしかして、今日彼のキレが悪いのはそのせいなのだろうか。

「……持ち主が死亡していた上、そこからの足取りはキミョウなほど消えており、入手ルートは絞り込めずにいる……」


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