X-07 |
御剣の視線を受け、裁判長とイトノコギリ刑事が若干アワアワとして、気を取り直したように姿勢を正す。 刑事は特に彼の一言が生活に直結するので、額に冷や汗がキラめいていた。 「そ、そうですね。いや、近頃メッキリ、ハンバーグなんて食べていないもので……えー、つまり、被告人は被害者の部屋に訪れたということですか」 「そ、そうッス! 被害者の部屋に、被告人のタバコの吸い殻があったッス! 入ったのはマチガイないッス!」 ううん、確かにそこは、もしかしたらマチガイないのかもしれない。 諸星さんは入っていないと言っているが、吸い殻については何も教えくれないので、否定しようがない。他の事を聞いたほうが良さそうだ。 「凶器のピストルは、誰のものだったのですか?」 「そ、それが……分かんねッス」 「被告人のものなのでは?」 「調べてみたッスが、誰の指紋もついていなかったッス。小さなイトボコリはついてたッスから、被告人はおそらく手袋をしていたッス」 「彼の所持品には手袋なんてありませんでしたよ」 「捜査でも見つからなかったッス。どっかで処分したッス! きっと!」 「彼は犯行時刻まもなくから、ずっとロビーでタバコを吸っていました。そんな時間はなかったハズ……」 ……タブン。おそらく。 なにせなんでもかんでも知らぬ存ぜぬなものだから、どんなことを言われてもないと言い切れないのである。異議がどうのという段階じゃない、ツラい。おかげでにっちもさっちもいかない。 「ふうむ……」 「そんなもの、処分にそう時間はかかるまい。それに、手袋をしていなくとも、指紋を拭っただけというコトもある……なにより、被告人は犯行時に目撃されている!」 少し投げやりに聞こえる御剣の発言により裁判長が促し、目撃証人が入廷してきたのだが、その証人はといえば。 バックにまとめられた白髪混じりの髪に赤くて丸いナゾの髪飾り、えらく可動域の広い眉と真っ赤な口紅、今日はシャツにエプロンを着ていた。 極めつけは―― 「ミッちゃ〜〜ん!! おまたせェ!」 と、キラキラ輝かんばかりの笑顔。 その暴力的なビジュアル、とっても見覚えがある。会いたくなかったな。 どうやら犯行時刻付近に諸星さんを目撃したという清掃スタッフは、彼女だったらしい。ホントどこにでも出てくるなこのオバチャン。 そして、法廷だっていうのにも関わらず世間話をマシンガントークしながらデレデレクネクネとするオバチャンに、机に寄りかかり冷や汗をかく御剣が証言を求めたのだが。 「―――見てないョ」 「は?」 「オバチャン、なーんにもみてないョ」 オバチャンは急にスッと立って真顔になる。ちょっとコワい。 「あの日は一日、ナニゴトもなく仕事が終わって、オバチャン休憩してたのサ。そしたら、いつのまにか警察が来て、ジケンだって騒いでたんだョ。オバチャンには、何がなんだかさっぱりだネ」 「証人、昨日と言ってることが違うぞ!」 「悪いネ、ミッちゃん。オバチャンにも守らなきゃならない、愛とギリってもんがあんだョ」 それだけ言うと、プイと他所を向いてサッパリ口を噤んでしまう。予想外だ。 「……あの、じゃあ諸星さんも見てないんですか?」 「…………」 「……そこに座ってるヒト、フロアにいました?」 「………………」 「……何か、モノオトや声を聞いたりとか……」 「………………………」 かと言って別に、ぼくの味方をしてくれるというワケではないようだ。取り付くシマもないとは正にこういうことを言うんだろう。 顔を背けながらも頬を染めてチラチラと諸星さんを見てはいるあたり、トキめいちゃっている様子である。顔自体は整ってるもんな。 「ラチがあきませんね」 沈黙の降りた法廷で、裁判長がため息をつきヤレヤレと首をふる。 「一度、被告人にも話を聞いてみましょう」 諸星さんは、ぼくたちの後ろやや上、おそらく傍聴席をぼんやり見ていたようで、名を呼ばれてきょとんとした。 自分が裁判にかけられてるってジカクあるんだろうか、この人。 |