05

 投入口にクオーターを並べて押し込むと、ドアがロックされた音がする。
 洗濯機がごうごうと回りだしたのを確認して外に出た。

 俺の住むアパートには洗濯機がないので、洗濯物が溜まればこうしてコインランドリーに来なければならない。
 家に洗濯機があるのが当たり前な日本の暮らしと比べれば、多少は不便で面倒なのかもしれないが、時間が空いてたってやることがない俺は、こうして通うのも別にぜんぜん苦ではない。ずっと何もせずにいることにも慣れっこだ。
 一度回り続ける洗濯物を終わるまで眺めていたこともあったのだが、訪れる人がみな怪訝そうに見てくるのでやめた。それからは、洗濯が終わるまで路上でタバコを吸って過ごしている。

 結局あれから、ジョディはちょくちょくうちに飲みに来ていた。
 俺はほとんど相槌を打っているだけだからいいのだが、果たして彼女はそれで楽しいんだろうか。明るくしゃべり上手な彼女だから、もっとわいわいと飲める友人もいるだろうに。仕事でストレスが溜まってんのかな。
 二人で過ごす時間は大半は穏やかなものだ。しかし、たまにちょこちょこと会話が噛み合っていないような気がするときがある。
 俺の耳と頭がポンコツなのか、ジョディが不思議さんなのか。前者が濃厚なのは間違いないとはいえ、彼女のリアクションも結構謎だ。女性は難しい。

 30分ほど経つと店内に入り、こんどは乾燥機をかけてまた外に出て、特に何も考えずに煙を吐く。

「……赤井さん?」

 かけられたのは、低く太い声。
 そちらへ首を動かすと、ジャージ姿で首にタオルをかけた、体格のいい強面の男が立っていた。こわい。もし第一声が名前でなければ、人生二度目のカツアゲかと身構えていたレベル。

「…………君は」
「ああ、すみません。面と向かって話したことはありませんでしたね。アンドレ・キャメルといいます。例の仕事で日本に行っていた者です」
「そうか……」

 そういえば日本にいる間FBIとの連絡は電話が主で、フォードエクスペディションの彼以外顔を合わせていない。そして職場では特別個々人と話すことなく休暇に入ってしまっている。

「すまなかったな。俺が不甲斐ないせいで、バックアップを無駄にしてしまった」

 さすがに街中で調査兵団ばりの土下座をする勇気はなかったので、とりあえず頭を下げておいた。

「いいえ! そんな! 赤井さんは何も悪くありません!」
「何の実りも得られず、短くはない時間を浪費してしまった」
「組織の情報を持ち帰ってくれたじゃないですか!」

 ジンはゴロワーズ・カポラルとポルシェ356Aが好きとか? どうでもいい情報すぎて屁が出るだろ。

「ずっと謝りたかったんです。赤井さんの努力を台無しにしたこと……」
「……どういうことだ?」
「自分なんです、組織の男に声をかけてしまったのは」
「取引場所に入り込んで来たという老人か」
「はい……。一般人にしか見えなかったので、つい……しかし、そんなもの、言い訳にすぎません」

 潔く言い切るのには好感がもてる。老人を心配して声をかけるところといい、こうやってわざわざ改めて謝罪するところといい、ずいぶん人が好いようだ。
 大きな体を縮こまらせ、強面をしょんぼりとさせている姿は、ちょっと悪戯して怒られている大型犬のようにも見える。

「情報を掴めていなかった俺のせいだ」
「赤井さんは充分やってくれました」
「俺の思う充分には些か以上に足りなかった。お前もそう感じているんだろう。自虐を互いに言い合って何になる。キリがないぞ」
「それは、そうですが」
「月並みな言葉ではあるが、終わってしまったことはどうにもできないし、失敗の原因を人にばかり求めても益は少ない。なに、次はもっと、うまくやってくれるんだろう?」
「――はい」

 俺の場合本当に足りてないどころの話じゃないので、そんなに真面目に頷かれると大変申し訳無い。
 どうせ適当なところで目が覚めるだろうと思っていたんです、などと供述しており、なんてナレーションが頭の中で流れだす。

「……そういえば、何をしていたんだ。ランニングか?」
「え? ええ、筋トレが趣味なもんで。その一環です」
「ホー……」

 雑な転換だったがちゃんと返してくれ、しかも個人的にタイムリーな話題だった。
 少し食いついてみると、家で出来る効果的な筋トレ法や、おすすめのランニングコース、いいトレーナーがいるジムなどを喜々として教えてくれた。さすが威圧感が出るほどのマッチョである。面に似合わず本当に良い人だ。

「赤井さん、ちょっと痩せましたもんね。元々細身ではありましたけど、結構違いますよ」

 などと言われて体を見下ろしてみたが、これは”赤井秀一”のものだし、そもそもがあまり自分の外見に拘る質じゃないので、自分じゃ分からなかった。
 というか、以前と比べられるほど俺のことを見ていたのだろうか。

 幾らか無難な世間話をした後、彼もその趣味のランニングがあるだろうし、そろそろ洗濯物の乾燥も終わるだろうとタバコの火を消し別れを告げる。
 店内に戻ろうとした際、なぜか、今度ドライブでも行きませんか、と誘われた。男二人でか。
 ……えっ、掘られる?


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