B-6

「そういえば、大丈夫だったか」
「……今更ですか」

 ジンへの報告を済ませると、酒気帯びの彼を助手席に乗せてハンドルを握り、慣れてしまった道を走る。
 気がまわらないのも当然だ、彼は痛みというものを識らない。他人が血を流し身を損ねるのを苦痛に感じると、ただただ知識を持つだけなのだ。

「大したことありませんよ」

 嘘だ。本当は少し皮膚が裂けて痛い。でもそんなこと、彼に言ったってしかたがない。彼が僕の生命のために撃ったということもまた、わかっているから。
 そうか、すまなかったな、なんて謝る彼に、あれこれと思ってもいない憎まれ口を返した。



 ――射殺すようなその目は、およそ自らと同じ人間を見るものではなく。
 銃口を向けられたことはこれまで幾度と無くあったのに、彼にそうされると思わず竦んでしまった。いつも横で見ていたそれとは天と地ほど違う。
 反射で撃ったらしい弾はわずかに僕の衣服を掠ったが、彼は気に留めた様子もなく、静かな足取りで倒れた”それ”に近づく。
 気圧されるほどの殺気とは裏腹に、確実に息の根を止めるためのその動作には、まるでしぶとい害虫がなかなか死んでくれなくて困るとでも言うような、軽いものしか感じられなかった。

 そうして、妻がいなくなってからの趣味だというドライブで、明後日には奥多摩へ行くのだと笑っていた男は、鉛弾三発であっという間に息絶えてしまった。

 善良な人間だとは言い難かったが、その所業は果たして、こうやって執拗なまでにして命火を踏み消されなければならないほどのことだっただろうか。
 人の死を見たのだって、殺害される様を見るのだって、初めてではない。
 他人を陥れ食い物にし、危害を加えあまつさえその生命を奪う、そういう人間は、残念ながら日本にもたくさんいる。
 怒り、嫉妬、憎悪、悲哀、劣等感、羨望、失望、貧困、恐怖、義憤、復讐、好奇心、愉悦、信頼、愛、性欲、人が人に手をかける理由だって数えきれないほどあり、それは人が人たる所以にも親しいもので、切り離してしまえるものではないというのも、わかっている。
 こんなことをいちいち死に直面するたび考えているのでは出来た仕事ではないというのも。ちゃんと弁えていたはずなのだ。
 だからこそ、何も持たない彼の異様さが浮き彫りになる。
 掻き乱される。脳を揺さぶられる。とにかく、”ああいう”瞳には二度と映りたくない。銃を仕舞ったあとこちらへ送ってくる気遣わしげな視線がどこか薄ら寒くもあり、心底安堵もした。


 僕の腕を握る、掌を思い出す。
 ――彼はあの熱さえも、知らずに生きるのか。


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