12

 こないだは本当に死ぬかと思った。美女がくれたものだから飲まなければならないだろうという若干の下心が仇になるとは。夢にあんなリアルさはいらない。
 あれから”スコッチ”が少しトラウマである。
 それにしてもバーボンには悪いことをした。げろげろ吐きながら一応謝りはしたものの、改めて礼を言わなければと思っているのだが、彼はなかなか忙しいらしい。なおさら申し訳ないな。


「大くん、随分綺麗にしたのね」

 部屋を見回した黒髪の彼女が、可愛らしい笑顔で微笑んだ。同じ美女ならこっちがいいな。

「俺じゃない。同僚がやってくれてな」
「じゃあ、今度お礼言わないとね」
「明美がか?」
「うちの大くんがお世話になってます、って」
「まるで奥さんみたいだな」

 ふふ、と楽しそうな声を聞くと、こちらまで楽しくなってくる。こういうのは天性のものなんだろう、俺には出来そうにないものだ。
 ちょくちょくメールをくれては俺の様子を伺って来ていた彼女に流石に申し訳なくなり、しかもこの間は妹にも喝を入れられてしまったので、傷が大分治った旨と休みの日を告げるメールを送れば、彼女はすぐさま返事をくれ、次の日にはこうして家まで来てくれていた。
 明美は一言断って、バーボンの買ったものではない粗雑な椅子のほうに座り、手に持っていた可愛らしい紙袋からバスケットを取り出す。

「本当は散歩に誘って、公園で一緒にどうかなと思ってたの」

 恥ずかしそうに言う彼女の向かいの椅子に座って、蓋を開けた中身をみると、手作りであろうきれいに並ぶサンドイッチ。

「でも、家の中だとなんだか変な感じだね」
「そうでもないさ。むしろ、この雨の憂鬱さを忘れてしまう、いいランチだ」

 俺のフォローに照れたように笑う彼女が可愛い。俺の彼女が可愛い。惜しむらくは、これが夢だってことだ。とても悔しい。

「食べてみて?」
「ああ……」

 本当に、残念だ。そう思いながら口に含んだ瞬間――全身に、形容しがたい衝撃が走った。

「――――」

 レタス、チーズ、ハムを食パンで挟んでいるというシンプルなサンドイッチ。
 それなのに、今まで食べたなによりも、

「美味しい……」
「ほんとうに? ありがとう、作ってよかった」

 味がする。久方ぶりに感じる、舌へと染みこんでいく感覚に、なんと言っていいかわからない。とにかくそれが消えてしまうのが嫌で、少しでも繋ぎ止めるようにゆっくりと咀嚼し、飲み込むと次の一口を求めてかぶりつく。
 黙々と食べすすめる俺をみて、明美がにこにこと、テーブルに置いた空いた方の手に、自分のそれを重ねてくる。それにまた、動揺した。
 所詮夢の中のことで、俺が作り出した、バカバカしい妄想のはずなのに。こんなの、現実では何の意味もないことのはずなのに。

 やわらかなその手が――温かくて、涙が出そうになった。


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