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しばしの会話の末、ベルモットの行動はどうにも興味本位によるところが強いようだとわかると、ライを引っ張ってさっさと店を出た。 大分具合が悪そうなので、店の迷惑にはなるだろうが、ある程度吐かせてからがよかったかもしれない。だが、店内にはベルモットのみならず、コードネームはないものの組織の人間が何人もいた。 まあ、車内で吐かれたらその時だ、弁償してもらおう。 そう覚悟しての運転だったが、いつもの組織の車でなく僕のRX-7だったからだろうか、思いの外ライは頑張ってくれたようである。 肩を貸し階段を登り、扉を開け部屋に入るのも、もう慣れたもの。ライをひとまず玄関からすぐ、トイレの前の廊下に座らせ、以前来たときと寸分も位置の変わっていないグラスに、以前来た時から全く減っていないミネラルウォーターを注いで持って戻る。 グラスを左手に持たせ、口へ運ぶ。 「とにかく吐いてください」 水を注いで飲ませては吐かせてを繰り返し、なんとか落ち着いたと思われるまでには日付が変わっていて、流石に僕も疲れてしまった。 「まったく。バカなんじゃないのか」 「悪いな……。だが、飲まないわけにはいかないだろう」 「それも、そうですけど」 僕らは彼らが忌み嫌うノックそのものだ。だからなおさら、少しでも疑いをかける余地を見せてはならない。 ベルモットの口ぶりからして、興味のうちの何割かはその真偽についてだっただろうし、ライを試していたのだろう。日本で言う、「俺の酒が飲めないのか」ってやつだ。素直に受け取れないなんて、なにかやましいことがあるのか、なんてね。やれやれ、ゆとり世代ではないが、煩わしい行為だ。 「ライ、あなたは……」 口に出しかけて、やめる。 ライは先を促すように首をかしげるが、なんでもないと言って彼をベッドへ引っ張って行った。 ――彼には、味覚がない。 先天的なものか否かは定かではないが、少なくとも今、その舌の味蕾が働いていないのは、ベルモットの所業を見るまでもなく、思い至っていたことだった。 僕が料理を作れば、「うまいな」とは言うが、それは僕の手際や料理をする行為自体を指していて、けして味のことではなく。そして、熱い粥やスープを大して冷やしもせず口に入れてけろりとしている。温感もないのだ。 食事による悦びや幸福感がないがないから、興味を持てず、栄養のみにしか目を向けない。 それでも酒を嗜むのは眠れないからだろうか。目の下の隈は生来のものかもしれないが、それだけではなく顔に体に、疲労は色濃かった。 人間の体は休息なしに動き続けられるようには出来ていない。活動し続けている反動か、体がついていかないというように時折動作がひどく鈍くなるし、まれに眠った姿は、死んでいるかのように微動だにせず深い。そうして人より無防備になるため余計眠れないのかもしれない。 にも関わらず、仕事となればミスは一切なく確実に目標を仕留め、誰であろうと他に付け入る隙を与えない。 まったく厄介なひとだが、日々綱渡りの組織の中で、彼に対してだけは、僕は裏切り者でなくいられる、その事が少しだけ心を軽くもした。 ベッドの中で、恐らく眠っているのではなく、目を閉じているだけなのであろう彼を見下ろす。どうせまた次の任務の帰りには、何だかんだと面倒を見ることになるのだろう。苦笑が漏れる。 しかし――その任務の日である一週間後、まさか彼の銃口が僕に向き、その上発砲されるとは。思ってもみなかった。 |