B-11 |
買い出しから戻ると、喫茶店ではおなじみの子どもたちと、その子たちや先輩ウエイトレスと仲がいいらしい女子高生三人が、テーブル席二つをわいわいと囲んでいた。放課後それぞれ別々にやってくることはあるけれど、ここまで揃っているのは珍しい。 先輩の梓さんと同時に、子どもたちにもお帰りなさい、と迎えられた。ただいま、と笑ってやるとみなご機嫌になる。うち二人、眼鏡の子供とボーイッシュな女子高生は、警戒した視線を向けてくるが。 一方はともかく、少年の方は、シェリーが死んだのになぜまだバーボンがいるのか、といったところか。 ――そう、シェリーは死んだ。殺してしまった。あいつが大事にしていたものは全部なくなってしまった。 ベルモットははなから、僕を盾と目くらましにして自分で手を下すつもりだったらしい。多少はそれに甘んじてやろうとは思っていたが、まんまと最後まで探知犬の如く使われてしまったのだ。やってくれる。 少年はスマホを手に持っていた。脇に座る少女が心配そうな顔をして息をつく。 「昴さん、まだ治らないんだぁ」 「灰原さんも長引いてるみたいですし、心配ですねえ」 「そもそもアレ、コナンのだろ。オメーのせーじゃんか」 「いや、まあ、ハハ……」 僕の方をちらちらと伺うあたり、聞いてほしくない会話であるらしい。ともかくカウンターの中へと移動して、買ってきた食材を仕舞いながら、それらに耳を傾けた。 「なーに、昴さん病気?」 「灰原さんの風邪が感染ったみたいで……」 「そういえばあの子、ミステリートレインのときマスクしてたわね」 「結局あんなことになっちゃったし、家で寝てたほうが良かったかも」 「それが昴さんに?」 「昴さん、よく博士んちいくから」 「ミステリートレインにも乗ってたらしいぜ!」 「そうなの?」 「気づかなかったよね」 「あのカノジョとデートかしら?」 「えーっ、昴さん、彼女さんがいるの!?」 沖矢昴。 “安室透”が知る情報としては、以前この店に訪れた客の一人だ。 自宅警備員だなんてのたまいながら、彼女たちには大学院生であると言っているそうだ。実態は定かじゃないが、どうも子どもたちや彼女らの話を漏れ聞くに、暇であるのは事実らしい。 彼は阿笠氏宅の隣、工藤家に居候しているそうで、度々料理の差し入れをしたり子供の遊び相手をしているとか。 そういった面倒見の良いところと、物腰柔らかなところに好意を持たれているようだ。女子供相手ではないからか、“安室透”にはそっけなかったが。――あるいは。 荷物を片しテーブルの方を眺めてみる。子どもたちのそれから派生して、少女たちの会話も彼を軸にして回りだしていた。 「――そうそう。蘭といい勝負するんじゃないかって感じでさ!」 「うん……かなり強いんじゃないかなぁ」 「流石にびっくりしたわよ! いつもあんなににこにこしてるじゃない?」 どうやら沖矢昴は腕が立つらしい。少女たちを襲ってきた窃盗犯の一人をあっという間に抑えてしまったのだという。子供たちによれば、彼らが遭遇した犯罪者も投げ飛ばしたのだと。 正義感が強いのか、血の気が多いのか、若干やりすぎであるほど、らしい。どちらでもないだろうし、そうとも思えないが――徒手であったから? 「――君たちには、あの人が笑ってるように見えるのか?」 不意にそう言い放ったのは、探偵をやっているというボーイッシュな女子高生だ。 それを受けた二人がやや困惑したような顔をする。 「世良さんにはそう見えないの?」 「ああ。――知り合いにさ、いたんだ。いっつもぴりぴり何かを気にしててさ、何やっても全然楽しそうじゃなくて、笑わせようとするボクらの姿を見て、下手っぴに笑ったフリをする人」 “知り合い”。随分ちかしい声色でそう言う。そのぶんたまに見せる心からの笑みがいいとも。 おかわりを頼んだ子どもへジュースを持っていくついでに、ふふ、と声を漏らせば、案の定少女はそれに噛み付いてきた。 「……あんたみたいに、へらへらしてるやつにはわかんないだろうけど。なにがおかしいんだ?」 「いいえ、可愛らしいなと思って」 「なんだって?」 「確かに人間目に見えているものばかりじゃないですね。しかし目に見えないものが真実というわけでもない」 「なんだ、あんたが腹黒いって話?」 「やだなあ、そうでもないですよ、見ますか?」 とぼけた調子でエプロンの横からトップスの裾をめくれば、カチューシャをした女子高生がきゃあと嬉しそうにして頬を赤らめる。 探偵少女は不愉快そうに顔を顰めた。あんたが色黒なのは知ってるよ、と。 「それにしても、沖矢さんが風邪だったとは」 「安室さん、知り合いなんですか?」 「たまにここに来るんで、仲良くなったんですよ。歳が近いからですかね、話が合って」 にこりと笑って言ってやると、少女たちは初めて知った、とやや驚いた顔をして、それから興味津々に、一体どんな話をするんだと聞いてくる。 その際、別の方から鋭い視線が飛んできてそちらを向けば、少年――コナン君が慌てたようにわざとらしいほどあどけない表情をした。 こちらもまだまだ子どもというわけだ。 「ああ、お見舞にでもいこうかな」 「や、やめといたほうがいいんじゃない? 安室さんにまで感染っちゃうよ……」 本気で僕の身を案じているわけではあるまい。 会わせたくないのだろう。あの液体を、コーヒーだと信じ込んで飲むような男に。 |