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 コナン君の作戦は無事に成功した。
 どうも話を聞くに、ウマウマお姉さんはあの子の体が小さくなったことを組織に伝えておらず、また明かすことができない事情があるらしい。今回の件で元の姿の“シェリー”が死亡したところをバーボンに見られ、それを組織に報告してしまったため、もう下手に手出しはできないんだそうな。
 組織としては“シェリー”は死んだ者であり、狙う目標ではなくなったと。

「ん?」

 計量スプーンに量った醤油を入れようと鍋を覗いて固まった。
 どうも既に調味料を入れてしまっている気がする。しかも茶色通り越して真っ黒だ。ぼんやりしていて勝手に動いていたのだろうか。
 俺の場合ここから薄めたり調整したりすることは不可能だ。全部初めから手順通りにやらないと、人が食うようなものが作れないのである。
 ……しょうがない、別段腹が減っているわけでもないし、まあちょっともったいなくはあるが捨てるか。
 火を止め、鍋の中身をシンクにまるごと放った。環境にも良くない気がするな。
 いくらか水で流して、具材はそのまま排水口のネットごと捨てようと菊割れゴムを外したのだが、どうにも今回だけでない哀れな食材たちがいた。そんなズボラしてたか。人の家なんだから綺麗に使わないと、と反省しながら、それらをゴミ箱に捨てて新しいネットを張った。

 盗聴器の向こう、別の音も頭と耳を巡っていて若干聞き取りにくいが、阿笠氏は今日も今日とて平和な日常を送っているようである。なにやら実験が失敗してプチ爆発している模様。
 平日なので小学生は学校だ。

 ニュースの確認にリビングへ移動したら、テレビはつけっぱなしで、テーブルの上には開いたままの新聞や読みかけの本が積まれていた。ソファにも。特に仕舞うのを面倒がることはないはずなのだが、途中で別のことに気を取られたのか。
 掃除でもやるかと掃除用具の収納場所に行ったところ、戸が開いていて中は空っぽだった。なに泥棒?
 うろうろ探して回ると、掃除機や掃除用ワイパーやシートやはたきなんかが二階の部屋や書斎やリビングの隅などあちこちに散らばっていた。願いが叶うわけでもなしに掴もうぜってか。ロリのパンティおくれとでも言えば良いのか。いかんいかん。
 それらをかき集めてとりあえず一通り埃を取ったり拭き掃除したりをしたが、あんまり汚れているところがなかった。
 そんでもって有希子さんから勧められて始めたお絵かきの続きでもと空き部屋へ向かえば、キャンバスには誰が描いたんだかわからない下手くそな絵ともとれない何かが既にあって、絵の具が無秩序に塗りたくられていた。しかも道具が散乱している。新聞紙を敷いていたので床まで汚れてはいないようだが。子供たちのいたずらか?
 やる気が削げてお菓子でも作ろうと生地を捏ねて、寝かせるために開けた冷蔵庫には、よくよく見れば中に同じようなトレイが二つも。いつのだこれは。
 オーブンにも同様、焼きあがって時間の経った、成形がイマイチな何かがあった。食べれるもんなのか分からない。とりあえず皿にでも移そうと持ち上げた天板はなぜかするりと手から離れて落っこちてしまい、床に全部ぶちまけてしまった。おいおい。

 もう今日はダメだな。何から何までダメな日だ。
 コナン君から、放課後子供たちと遊びに行ってもいいか、と問う電話がかかってきたが、こんな状態で迎えられない。来たところでいらんことしいいらんこと言いでろくなことにならず不快にさせるオチに決まっている。

「すみません、今日はちょっと。遠慮してもらえませんか」
『わかった……後でボクだけ行っていい?』
「では家を空けておきます」
『昴さんに会いにってことだよ』
「すみません、無理です」
『少しでいいから』
「すみません、また明日にしてください」
『今日もダメなの?』
「ええ……」

 今日もとは。流石にこんなダメな日は今日ぐらいなもんだと思うんだが。人間としての意味で言うなら生まれ直さなければ好転しないというのは既にご存知だろ。

「ああ、あの子に何もないですか。危ないことは」
『う、うん……まあ』
「そうですか、よかった」

 じゃあ、と電話を切った。

 このまま穏やかに過ごせるというなら、俺はほんとうに要らない。
 そもそも大して使えるわけでもないのにコストがかかるだけの不良物件だ。
 組織以外にも危険はあると言えど、それは普通の人間だって同じことで、彼女にはそれを防ぎ、守り、特に大事にしてくれる人間が既に幾人もいる。
 なにより先日の様子を見るに、俺がいたって心的負荷を掛けるデメリットの方がかなり大きいようだ。もともとあまり好かれてもいないしな。
 少しでも溜飲が下がるというのならじゃんけん死ねぇとばかりにやってくれて全然構わないのだが、それではあの子が世間的に加害者になってしまう。普通に生きようと思えば、そういう行為は後々足かせになる。せっかく名を変え姿を変え、まっさらな経歴で新しい生活をはじめたのに、こんな男のためそれに早々傷を付けるのはもったいない。
 コナン君がいれば完全犯罪も成しうるかもしれないが、何だかんだ言って正義感の強い子だ、使えないものの処分を兼ねるにしろ、そんなことに協力してくれるかどうか。さすがに負担も重かろう。
 俺が自分で処理したほうが早いんだろうが、一応それをやるなという言葉に中止や取り消しは下っていない。悩むね。

「肉じゃがでも作るか……」

 ――そういえば今日はまだ全然デイリークエストをこなしていなかった。
 窓の外の景色からしてもうすぐ夕方だってのに、一日何をしていたんだ俺は。料理と掃除くらいしないと。その後は菓子作りか、有希子さんに勧めてもらったお絵かきでもするか。ううん、ニートここに極まれり。


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