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ノックでスッと開けられた扉の向こうには、やや厳しい顔つきをした妙齢の女性が立っていた。 「どなた?」 「江戸川から参った者です」 なんかちょっとシュールだな。一体誰が考えたんだこれは。 「――名探偵の使い?」 「ええ」 「どーぞ」 俺を部屋に招き入れドアを閉めると、女性の表情と声はころりと変わる。 「ホントに来たよ……あんたもあのボウズにノセられたクチ?」 「まあ、そんなものです」 途端砕けたそれは、ずいぶん若々しく、まるで少年のようだ。変声機もないのに見事なもんである。 促されて踏み入れた先、七号車よりゆったりとした作りの室内には、もう一人、車椅子に掛けた老婦人がいた。コナン君の話によれば彼女も中身は別人のはずだが、見た目では全然わからん。 それにしても、本物の彼女たちだって毎年予約するほどこの列車が好きで楽しみにしているのだろうに、少しばかり可哀相である。 「ったく、今回だけだぜ。こんなのオレのやることじゃねーし」 ――怪盗キッド。 大女優有希子さん死す案を却下されても一ミリもめげた様子なく、もう一人いるはずだよ、と笑顔で言い放ったコナン君のターゲットは彼であった。 どうやらこのミステリートレイン、本来ならば一年に一回しか運行しないところを、来月特別に鈴木財閥主催での宝石展をやるらしい。そして、怪盗キッドがその宝石を頂くでござると予告を出したんだそうだ。だから今度の走行では下見をするため乗客に紛れ込んでくるだろうと。 使えるものは使うどころか、使えないものだろうが意地でも使ってやるという男気が感じられる。エコだね。 しかし高確率でいるにしろ、そもそもが仲良しこよしなわけでもないのに当日見つけ出して話を付けるのでは博打がすぎる。戦は準備でほぼ決まると言っていい、時間があるなら手を回しておくに越したことはないとコナン君に勧め、事前にアポを取っておいたのだ。 某資産家の回線をちょっとばかし拝借してビッグジュエルのガセ情報を流し、且つその先にコナン君の存在を匂わせていたら釣られてくれた。ノリがいいもんだ。収拾がつかなくなってはまずいとさほど大々的にはできなかったので、地味に三日もかかってしまったが。 「すみません、ご協力感謝いたします」 おーおー、ありがたく思って、とぴらぴら手を振られた。月下の奇術師というわりにはそこらのドンキにでもいそうな軽さだ。 ひとまず今回のために新しく用意した端末とともに、A4サイズの茶封筒も渡す。 「ま、手間がなくなんのは楽でいいけど」 危なげなく成しうるだろう卓越した技能があるとはいえ、身内でも関係者でもないのに見ず知らずの人間のために危険なスタントをしてもらうというのだから、相手が納得するだけの見返りを用意すべきだと言ったのも俺だ。 正直宝石の一つや二つ持ち出さないと動いてくれないのではと財布の心配していたのだが、ベルツリー急行の機関室や貨物室等含めた全車両の見取り設計図、宝石展時使用する警備システム一覧と構造及び配置図を、前日までに変更があった際は適宜追加も行い提供することと、今回の下見に加え当日でも一切見逃す約束で手を打ってくれた。 自分で得られない情報でも捕まるつもりもなかろうに、案外人が良いのか、それだけで釣り合いが取れると判じられるほどコナン君が厄介に思われているのか。 受け取ったそれらを眺めながら、彼がちらりと俺を見遣る。 「お互い大変だな」 「いえ」 「なんて言われて?」 「気になるんですか」 「ちょっと。どっちかってーと、ボウズの手口が」 そう言って彼は、片手でポケットから出した自分のスマホをスイスイ操作すると、画面をこちらに向けてきた。 「あんたの恋人?」 分かるほど体には出なかっただろうが、どきりとしてしまった。やはり慣れない。 画面に映っているのは、先日探偵事務所に送られていたムービーのスクリーンショット――志保だ。炎に巻かれながらも少女を抱いている姿の。 変装の資料のために已む無く渡した画像である。 「ボウズにはもう意中の人がいるみてーだし、こんなとこまで来るのは、そういうことじゃねーかなと思ったんだけど」 「……違いますよ」 「鳴かぬ蛍がってやつ?」 「僕ではありえない。関係もない人間です」 ふうん、と気のない返事が返ってきたが、視線は俺の細めた瞳を射抜くようにしていた。やっぱり降って湧いた面倒ごとに心中面白くないのだろうか。 通信状態を確かめるため通話とメッセージを一往復し、段取りの確認後、それとは別にメールも出してさっさと部屋を出ることにする。 「それ、上手いじゃん」 扉を閉める直前、彼が掛けてきたのはそんな言葉だ。さすがに近距離でまじまじ見ればプロには分かるのか。仕上げてくれたのは有希子さんだが、今日は半分くらい自分でもやったのでちょっぴりうれしい。 廊下を歩いている最中に返信が二通。今のところ何もないようだ。 |