37

 東京駅。ホームには随分立派な蒸気機関車が構え、自己主張激しくもうもうと煙を巻き上げていた。
 ベルツリー急行というらしい。
 見た目はSLだが中身は最新のDLとのことだ。おそらく車体の材質もパッと見木製のようだが違うんだろう。形式番号はディーゼルに則ってつけられているんだろうかと探してみたら、雰囲気重視なのか表記は日本の国鉄のものではなかった。どうにも鉄オタの間では物議を醸しそうなシロモノである。
 今回のツアーにおいては、またの名をミステリートレインともいい、オリエント急行を模しているそうだ。ミステリーと名がつくということは二次大戦前の車両型と編成なのかもしれんが、しかしさすがにどう似ているのかなんてさっぱり分からん。

 そんなボケっと見てるだけの俺とは違い、隣に立つ有希子さんは深めに被った帽子を少しだけクイと上げ、しげしげと眺めたあと口角を上げた。

「あら、なかなかじゃない♥」

 ご満悦の様子だ。
 八両は多いけどね、とも茶化すように言う。さすがミステリー作家の奥方である。



 先日、阿笠邸クッキングを行っている際、あの子と一緒に帰ってきたコナン君が毛利探偵事務所のホームページをせっせと作っていたのだが、どうにも話を聞く限り毛利氏も通信関係の知識に乏しくセキュリティの意識もガバガバのようだったのでちょっぴりこっそり様子を見ていたところ、なんと見事にその点を史上最凶の弟子トオルに付け入られていた。
 あれほどチョロい仕事では多忙な二十九歳アルバイターもゆっくり湯船に浸かれたことだろう。

 彼が探偵事務所のパソコンで見たのは、阿笠氏と子供たちがキャンプに行った先で事件に巻き込まれ、その際にやむを得ず元の姿へ戻ったという、ミステリートレインのパスリングを着けたあの子がバッチリと映った映像である。
 いやそもそもそんなに簡単に体が縮んだり大きくなったりするんかいという驚きがあったのだが、その場にはツッコむ先も教えてくれる知恵留先生もいなかったので、ただただ酒を煽るしかなかった。飲まずにはいられないッ!
 もしや酔っているのかと思って手の甲抓ったら痛くはなかったが血は出た。筋トレはやってるのに貧弱だな。むしろその成果なのか。ひとりでホコタテやるのは若干虚しい。

 ともあれ以前カンパニーのサーバーにお邪魔してと依頼した男から教えてもらったにわかスキルが役に立ってしまった。こんなんだったらもうちょっと交渉しておけばよかったと思うが、やりすぎたらジェイムズに怒られたかな。
 それをコナン君に伝え、バーボンが汽車ぽっぽ僕も乗りたいって感じのようだがどうするよコレと聞いたら、残念二人乗りなんだを通り越してよろしいならば戦争だと返ってきた。結構攻めの姿勢を見せるよなコナン君。
 しかもたまげたことに有希子さんに身代わりアンド死体役をやってもらうと言い始めたもんで、流石にジョディのようなおまわりさんでも蘭さんのような戦闘力を持つわけでもない一般女性だし、シンイチのお母さんにそこまでさせるのはどうなんだと止めて別の案を考えてもらった。
 結局は有希子さんの方から協力を申し出てくれて、役割は違えどこうして現場入りすることになったのだが。

「終点は名古屋だったかしら」
「ええ」
「シャロンが来なければいい旅よねえ」

 荷物を置いて持ち込んだ道具を洗面台に仕舞うと、二人で座って一息ついた。
 直前だったというのに、有希子さんが女優のコネなんだかリア充のコネなんだかでサクッと取ってくれた客室は、七号車E室だ。一等車は毎回固定で抑えてる金持ちがいて無理だったらしいものの、念のため予備に前方車両にも二室抑えてくれている。
 そのコネついでに名簿も一応確認しているが、流石にシャロン・ヴィンヤードやクリス・ヴィンヤードなんていうビッグネームは載っていなかった。二十九歳アルバイターもだ。
 ちなみに、探偵事務所のついでにしれっとお邪魔した警察庁のデータベースによれば、彼の本名は降谷零というそうだ。
 年齢の割にはちょっぴりキラっとしている。名付けとしては賛否両論ありそうな字面だが、さすがイケメンは名前も一味違う。それも名簿にはなかった。まあ当たり前か。
 有希子さんの言うよう来てないならそれが一番だがどうだかね。偽名を使っていたとしてネーミングから分かるようなソウルの繋がりもないので実際探るしかない。

「昴さん、汽車好き?」
「いえ、特には」
「熱心に見てたわ」
「造りは気になりましたが」
「男の子はみんなそうなのかしらね」

 アラサーも男の子で括ってしまうとは。
 しかしニコニコしている有希子さんに水を差すのも悪いので、そうかもしれません、と頷いておいた。

 そうしてしばらく、発車し動き出したところで一度客室を出た。向かった先は一等車――客車としては最後尾にあたる、八号車である。


 back 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -