C-19

 二人にしてしまった、と気づいたのは、容疑者たちに話を聞き始めてからの少しの間の際だ。
 ひやりとしたもののすぐさま問題が起きそうな不穏さはなかったので、夜は“アレ”かもなと覚悟しながら捜査を続行したのだが、家に帰り着いてからも昴さんは殊の外平静でいて、しかもすうと自分から、朝までぐっすり眠っていた。
 そして、あれからどことなく調子が良さそうにも見える。別段何があったというわけではないようだったのに。
 あるとすれば――七時半にセットされていた容疑者の目覚し時計が鳴り響いていたあの時。
 警部や容疑者たちの声も飛び交い、ちょうど推理も佳境で、“向こう”の会話にはあまり意識を向けてなかったのだ。


「どういうつもりだよ」
「あら、あなたこそどういうつもり」

 阿笠邸には盗聴器が仕込まれていて、邸内で立てる音は昴さんの耳へ伝わるし、もし今あのイヤホンをしていないのだとしても、データはあの人が操作可能である工藤邸のパソコンのハードディスクへバックアップが取られる。
 ボールを追いかけ遊ぶ子どもたちを眺めつつアクビをしているコイツは、流石にそこまでは知らないだろうけれど。
 やってくれた。

「わざわざあんなものを仕込んで監視して、一体どうしようっていうの?」

 ――昴さんの眼鏡を、灰原がすり替えてしまったのだ。集音機能もなにもない、デザインだけ同じものに。

 灰原と昴さんが一緒に料理をして博士とそれを食べたのだというある日の夜、やけに静かだと慌てて確認へ行けば目の前で喋ろうが受信機がうんともすんとも言わず、故障かと思って適当な理由を付けて預かり博士のもとへ持っていった。そこで待ち受けていたのが灰原だったのである。
 フレームが歪んでいるから直してあげる、だなんて、現物を見て分からないわけでもなければ、疑問や引っ掛かりを覚えたはずなのに、コイツが言うことであればあの人は首を縦に振るばかりだろう。
 あの眼鏡は処分してしまったらしい。更には博士に同様のものをオレに渡さないようにと言い含めたようだ。
 おかげで状態が把握出来なくて困る。メールや電話で様子を伺うしかないとなると、タイムラグも大きくなる上なかなか分かりづらいし判断がつかない。

「……別に、監視とかじゃねえって」
「随分とあの人を気にしているじゃない。あの人が私の命を狙っているからかしら」
「ちげーよ」
「私を餌にするつもり」
「んなわけねーだろ!」
「じゃあ何? あの人を懐柔して組織の情報でも引き出そうって?」
「あのな、昴さんはそういうんじゃ……」
「――あの人が私の名前を呼ぶことを躊躇うのは、“他の名前”を知っているからでしょ」
「オメー……」

 まさか、昴さんが“ライ”であることに気づいたのか。
 喉から飛び出ようとしたその言葉が形になる寸前、灰原が被せるように言い募ってきたのは幸運だった。

「でも研究には関与していなかったみたいだし――ようやく居場所を見つけて心落ち着けたところをわざわざかき回してまで得るべき情報を持ってるとは思えないわ」

 どうも口ぶりからして、灰原は昴さんを、沼淵己一郎のような組織から逃げ出した構成員だと思っているらしい。
 ちらちらと組織の人間の気配がする、しかしどうにも自分に唯々としてしばしば怯えた様子を見せる、妙に身を隠すような、外敵を気にしているような素振りがある、何より認めているようだった、という。
 そりゃそうだ、あの人は組織に潜入していたし、コイツに抱くのは罪の意識と後ろめたさで、死を偽装し、コイツを守るために生きている。コイツが詰め寄れば、詳細までは明かせないにしろ、それなりに応えてしまうに違いない。

「……とにかく、あの人をどうこうしようとは思ってねーよ。あれは単に何かあれば分かるように付けてただけだ」

 現状を素直に教えれば、灰原は尚更あの人に守られることを良しとしないだろう。
 コイツは自分のために他人が動き犠牲になることをひどく嫌がる。オレだってそれがまったく正しいと考えているわけじゃないけれど、でもそれがあの人の、生きるために必要な行為で、指標なんだ。
 きっと灰原がするなと言えば頷く。しかしまるっきりやめるとは思えない。おそらくコイツに危機が迫れば、その言葉に縛られながら、その目の届かないところで処理しようとする。取れる手段が減り大きく動きを制限されて、ますますあの人は身を削り擲ち――あの手を振るってしまう。
 躊躇も容赦もなく素早く男を引き倒し淡々と抵抗不能にした先日の所作からして、あの人にとって力で制するのはやろうと決めさえすれば容易い。
 そもそもが凶悪な犯罪者相手に射殺は已む無しとされる現場で、実際に引き金を引いてきた人なのだ。
 それに――

  “俺はほかの立派な捜査官たちほどの遵法精神や高潔さがあるわけじゃない”

 ――万が一にはあらゆる手で徹底的に“敵を無力化”し“危険を排除”することを厭わないはずだ。
 その結果はきっと、たとえ命が助かり脅威がなくなったとして、あの人にとってもコイツにとっても良くないものとなる。

「おーいコナン、そろそろ来いよ!」
「灰原さんも!」
「……ほら、いこーぜ」

 見るからに納得していない様子の灰原の背を押し、子どもたちに混じりながら、昴さんは今頃何をしているだろう、と考える。

 ――灯台を見失った船は、陸につけず惑い彷徨い、その暗い海に沈んでしまうかもしれない。
 それを望ましく思わないのなんて、当たり前だ。


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