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 シンイチさんとよりを戻したんですか、とコッソリ訊けば、園子さんはえっあーそうそうそうなのとやや雑に教えてくれた。高校生の恋愛模様はめまぐるしいな。
 哀れ美少女を賭けた熾烈な青春ドリームマッチに敗北したらしい金一はさておき、勝者兼現旦那のシンイチは、もう一度遺体のあった場所へ行ってみろと言ったらしい。
 蘭さんのあの素晴らしい蹴りからして彼女自身がセコムみたいなもんだろうが、もはや夜になろうとする時間に女子高生と小学生で、窃盗とは言え犯罪の現場に飛び出ていくもんだから、なんとなくそのまま見送るのも躊躇われて一緒に着いてきてしまった。

「思った通り……警官一人もいないよ……」

 捜査を切り上げてしまったのか、現場の自販機そばには誰もおらず、ただ“死”とも見える形状で乾いた血液のみが残っていた。その図柄の白抜き部分に、コナン君がパズルよろしく硬貨を当てはめていく。
 シンイチによると、それらは落として散らばった小銭とタバコの周りを血が広がって偶然できただけのものらしい。
 そして十年前のものは、発見者である幼児が六文銭のつもりで置いたドロップと遺体の指が同様マスキング代わりになったものであると。優作氏は子どもに配慮する意図で事実を警部以外に伏せ、これは殺人ではないし今後こんな犯人は現れないとだけ言ったのだそうだ。さすが生粋のリア充は気の配り方も違う。

 さーて真相は分かったし帰ろうかという流れになって、妙な気配を感じた。
 探偵少女が自販機の下から血の付いた、恐らく窃盗犯の指紋が付着しているであろう十円玉を見つけてしまったからか。

「だからさー、返してくれねぇかな?」
「十円ぐらいいいだろ?」

 死体のそばに転がる小銭をちょろまかした、食うに困ったさんたちがやってきたのである。
 曰く、暴行・傷害・恐喝によりグループ纏めて前科三犯、窃盗も入れれば四犯になってしまうらしい。やることがみみっちければ言うこともみみっちい。ウマウマお姉さんの足元にも及ばんぞ。どうせなら表舞台で華やかに生活しつつ連続殺人と放火して司法の目と手を二十年くらい躱し続けた末に自慢してほしいもんだ。

「OK……受け取りな!」

 男たちの意識を逸らすためかコイントスをキめたジークンドー使いがまず正面の一人、美少女空手家が警棒を取り出したあと一人を、十円玉が重力と戯れている束の間に見事サクサクノックアウトする。相変わらず素晴らしい身のこなしだ。

「Case closed!」

 ――しかし、少女たちの意識から隠れるよう、コナン君の背後にもう一人。
 ぱっと見一番戦闘力が低そうだからなのか、ナイフを握りしめてしめたとばかりに襲いかかろうとするもんで、とりあえずそちらへ駆けて、そのなんとなく腹の立つ顔面を潰す勢いでえいやと蹴倒す。

「なっ――!?」

 おケツ丸出し男の前例もあるし、モロのお母さんじゃないが、手足が使えなくともあがき抵抗し反撃を行うことは十分可能だ。外部による動作の制御や無力化の難しい歯は、人体の中で一番固いのである。
 どうしたもんかねと考えつつ、男が体を起こす前に意識を刈り取ってから肩を外した。持参してきてくれたナイフで顎の筋でも断てばいいだろうか。
 ――とどめを刺さないとな、半端な容赦は禍根を残す。
 どこからか、脳内へぽんと湧いて出てきたのはそんな言葉だ。
 ――どうして拳銃を持ってきていないんだ。
 どうして。どうしてかな。
 ひとまず両足も折っとくかとしゃがみこんで男の足を掴んだところで、鋭い声が飛んできて耳を貫いた。

「――昴さん!」

 脳を這いずり渦巻こうとしていた妙な感覚がぱちんと弾けるように消え、反射でそちらを向く。
 声の主――コナン君はずいぶん険しい表情だ。手間かけすぎ? 問答無用でシメておくべきだったか?

「……もういいよ」
「そうですか」

 ううん、毎度無能ですまん。
 近寄ってきたコナン君が俺の手首を握って引っぱるので、それに従って立ち上がり男から離れる。
 ちいさな旋毛を見下ろしぼんやりと眺めていたらいつの間にか警察がやって来て、彼の計らいで事情聴取は蘭さんたちに任せることとなった。俺は帰っていいらしい。
 探偵少女も用事があるから離脱するというので送ろうかと聞いてみたがすげなく断られてしまった。まあなかなかのワザマエっぷりだったし心配ないだろう。
 

 帰宅後、変装も緊急措置的なものだったし、流石に夜中に再来しないだろうと、戻ってきた有希子さんと遅めの夕食を摂った。
 事件のあらましを説明すると、優作ったらカッコつけなのよ、と彼女はころころ笑った。そういうとこが好きなんだって。

「――やっぱり、優しい味だわ」

 シチューをすくいながら、有希子さんが柔らかな声で言う。昼間もそう褒めてくれた。

「いい子なのね」
「ええ」

 それに関しては異論もないので一も二もなく頷く。
 いい子だ。聡く優しくうつくしく、そしてしたたかだ。出来ることなら何にも脅かされず穏やかに、望みのままに生かしてあげたい。
 ――こんな男の、浅はかで烏滸がましい想いなど、彼女にとっては必要もない、邪魔なだけのものだろうが。


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