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「――ここにいたかコナン君!」

 いません。

「――」

 キョトンとしたボーイッシュな子を筆頭に、女子高生が三人。あっちあっちと書斎のほうを指差せば、ぞろぞろと連れ立ってあっという間に洗面所から出ていった。
 可愛い小学生がいると思った? 残念、三十路の自宅警備員ちゃんでした。いやほんとにすまんな。


 ある日の夕方。お土産に向こうのお菓子と新しい洒落たカップを買ってきてくれた有希子さんと、のんびりまったり食事やお茶やお喋りをしたのち、恒例の指導をしてもらおうと変装を一旦すべて解いたとき、焦った様子のコナン君から電話が来た。
 今から蘭さんと友人たちがやってくると。蘭さんからシンイチに、そこからさらにコナン君へと連絡が入ってきたのだという。
 それから慌てて有希子さんにザッと変装を施してもらって、広げていたお土産や荷物を纏めた彼女を見送り、残りの整えをやっていたところで、恐らく早引けしてフォローに来てくれたというコナン君であろう軽い足音と、先程の女子高生たちの賑やかな声が聞こえたのである。
 変声機の装着まで出来ていなかったのでその場しのぎに口に歯ブラシを突っ込んだが、こんな夕暮れ時に歯磨きってどんなヤツなんだ。ニートの説得力的には増すか。


「あ、昴さん」

 食器も置きっぱなしだったと急いで身支度を整えてキッチンへ行けば、女子高生たちは優雅に紅茶を飲んでいる最中だった。
 振り返った蘭さんと園子さんが、俺の姿を見て椅子から降り、近寄ってきて少ししゅんとした様子で頭を下げる。

「さっきはすみません、あの、見ちゃって」
「あれって、アパートが燃えたって言う時の……?」

 どうやら首や胸元の火傷痕が見えたようだが、マスクの境目にはファンデをしていたので不自然に途切れるようにはなっていなかったはずだし、それも痕隠しのためだと言えば通じるだろう。彼女たちも別段その点に違和感を持っている風でもない。有希子さんのファインプレーが効いている。

「いえ、それ以前のものです。アパートの時は幸い外出中だったので。気にしないでください――それより、どうされたんですか?」

 適当に濁して話を逸らせば、園子さんが「そうそう、聞いて昴さん!」と声をあげた。ちょいちょい手招きされて、カウンターに座り直した彼女たちのそばに立つ。
 なんと下校中に病死とも他殺ともとれそうな死体を発見し、かつ蘭さんの記憶によれば犯人が残したのでは思われる謎の痕跡が十年前優作氏が関わった事件のものとそっくりであったので、確認してみようと工藤邸書斎にあるはずの資料を見に来たんだそうだ。
 シンイチが知らせてくれなければ詰んでたな。あながち言うほど嫌われていないのか、面倒を避けたかったのか。まあ後者だろうが。
 ざっと説明し終えて一旦区切りがつき空気が緩むと、途端ころりと雰囲気を変え、彼女たち――主に園子さんが、なにやら思い出したようにしてニヤニヤと楽しげな顔をしはじめた。

「ねえねえ、昴さん。どんな人?」
「はい?」
「カノジョ♥」
「ええと……何の話です?」
「シラを切ろうったってムダさ。髪留めのゴム、二人分の食器、その片方についた口紅の跡、排水口の髪の毛――自宅で共に食事を取るくらい仲のいい女性が、今日、しかもつい数時間前までいたんじゃないのか?」

 得意げな表情で問い質すかのようにそう言い、調理側にいたボーイッシュ系の子が回り込んできてずいっと迫ってくる。
 シンクも収納棚もバッチリ確認されていたようだ。なぜそんなことをするのかはよくわからんが抜け目ない。

「……あの、あなたは」
「ボクの名前は世良真純。探偵だよ」
「私たちのクラスに転校してきたんです」
「ついこの間ね」
「ホー……」

 どうやらこの子があの紫のバラの人らしい。名前のイメージとも女子高生探偵という肩書からの想像とも違うな。演劇少女を応援したりバックに魔人が付いていたり大食いだったりはしなさそうだ。
 しかもそれなりにしっかりとした体つきをしているので、話の通りジークンドーの使い手だったら結構手強そうである。まあ組織の人間ではないようだし、痴漢でもしない限りそうそうやり合うこともないだろうけれども。

「あんたは“沖矢昴さん”だったよな」
「はい」
「大学院生って聞いたけど」
「ええ」
「どこの?」
「東都大の――」
「学部は?」
「工学です」
「専攻と分野は? 何してるの?」
「ええと、電気系で、フォトニクスと情報処理について……」

 後ずされば後ずさるほどぐいぐい詰め寄ってくる。
 もしや進路に悩んでいるのだろうか。院に進みたいとか? あんまり稼げるもんでもなし、人生分以上金に余裕があるんじゃなきゃ止めといたほうがいいと思うが。そして実態は無職のアラサーである俺なんて全くもって参考にならないぞ。
 研究内容まで根掘り葉掘り聞こうとするのをのらくら躱していたら、背後からガチャリとドアの開閉音と、コナン君の声がした。

「写真持ってきたけど……どうしたの?」


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